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アネモメトリ -風の手帖-

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2013.03

おもてなしの精神で広がるまち 神山

後編 ビジネスとのつながりの先に見えた、まちの未来
2)ワーク・イン・レジデンスという発想

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上角商店街のようす

上角商店街のようす

神山アーティスト・イン・レジデンスでは、3年目の1998年ぐらいから毎年1人ほど、滞在したアーティストが移り住む、という実績があったことから、グリーンバレーは「神山町移住交流支援センター」の運営を県から任されるということが決まっていた。センターの仕事は、移住者の情報を管理し、空き物件や空き家などの管理者と交渉、斡旋していくなどの作業がある。

そこから「イン神山」のなかのコンテンツとして「神山で暮らす」がつくられた。ここでは、移住者に向けた空き家の情報などがアップされているが、当初アーティストの居住を期待していた大南さんたちは、あまりアクセスのないページになるのではないかと想定していた。「田舎の人間の意識としては、古民家の情報なんて読まれんでしょう」と。しかし現在、更新頻度に反比例してアクセス数は多い。神山で暮らしたいと思っているひとが多く、注目されていることがわかる。

神山のアーティスト・イン・レジデンスから見えてきたものがある。プロのアーティストは職業であり、神山に住んで仕事をすることだとすれば、これを一般的な仕事にもあてはめることができるのではないだろうか。田舎から都会に仕事をしにいくのではなく、神山に仕事をしにくるという逆転の発想である。ワーク・イン・レジデンスとも呼べる、それぞれの仕事のやり方で神山に住むスタイル。しかも、移住希望者の中から将来神山が必要とするようなジャンルの人材をこちらから逆指名してしまうというのだ。

まずは、パン屋さん、それからウェブデザイナー、システムエンジニアに入ってきてもらう。まちの需要を見つめ、戦略的に移住を考えたことが結果的にうまくいった。入ってきたひとたちが、地域でも信頼されるような非常にいいひとだったということももちろんある。

グリーンバレーでは、それを今度は地図に落としていく。神山の中央にある上角商店街は、1955年に38軒だったお店が、ホームページ開設の2008年になると6件にまで減っていた。「商店街の空いた場所に、ワーク・イン・レジデンスをいれていったらよいのではないだろうか。これは、うまくやれば自分たちが頭のなかで描くような商店街がつくれるのではないか」。「移住」と「起業」と「商店街再生」をひとつのパッケージとしたワーク・イン・レジデンスの発展形によって、商店街の課題を解決できる可能性がある、と着目したのだ。
「そのひと(移住者)が賛同してくれたら、そんなもの(商店街)ができていく、つまり、まちをつくれる、住んでいるひとには夢を与えられて、これ以上楽しいことはない」そう大南さんは語る。