アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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2013.03

おもてなしの精神で広がるまち 神山

後編 ビジネスとのつながりの先に見えた、まちの未来
8)創造的に過疎を受け入れていくこと
寄り合いがあるとなると、新鮮な魚などさまざまな差し入れも。ごく自然なホスピタリティがある

寄り合いがあるとなると、新鮮な魚などさまざまな差し入れも。ごく自然なホスピタリティがある

温かな笑顔でまちに来るひとを迎えてくれる岩丸さん。このまちのおもてなし精神を代表するような方だ

温かな笑顔でまちに来るひとを迎えてくれる岩丸さん。このまちのおもてなし精神を代表するような方だ 

大南さん自身の心情としては、神山の変化は外にあると感じているという。「変わったのは、神山ではなくて、たぶんまわりの、神山を見る眼が変わったのだと思う。ウチの人間は“まあ、ひとがようけくるな”、“飲み会の数が増えた”ぐらいのことではないかな」。

「アーティストでも、移住者でも、サテライトのICTベンチャーでも、同じこと。どうやったらここで心地よく制作できるんかな、という考え方は、すべてあのアメリカでの“パーティー”の延長線上にあるんよね」。共通のおもてなしの体験から、それが自然とできるまちとしての性質が備わってきた。

今大南さんの頭にあるのは、「創造的過疎」の話だという。「これから、日本はもっと人口が減少し過疎が進むでしょう。それなら過疎と仲良くできないか、と今考えているんです」。

具体的には子どもの人口の数字最低ラインを設定し、そのための若い夫婦に積極的に移住してもらおう、という作戦だ。とはいえ、数値は単なる目安で、目標を達成できなくてもOKとする。問題は数ではなく、どんなひとに入って来てもらうか。そこを抜きには考えられない。

そして、大南さんたちはまちを出ていくひとがいたとしても、無理に引き止めたりはしない。新しくまちに入ってきたひとにも、どのようにまちと関わるかは自分で決めてもらう。神山に来てもらう(来てほしい)と決めたひとには、自主性を重んじる関係づくりを、というのが神山町の姿勢。そんなあり方そのものがまちとしての魅力につながっているのではないか。実際、取材後の統計数値として、平成23年度は町の転入者が転出者を12人上回ったという結果が出ている。

まち全体を覆う、リラックスした暖かみとぶれないおもてなしの精神。大南さんはアメリカ、シリコンバレーでの出来事が数年後に日本でも話題になることを予見し、アドプト・ア・ハイウェイやサテライトオフィスといったまったくの新規事業をいち早く立ち上げた。長く先を見る眼が卓越しているからこそ、神山は成長してきた。つねにポジティブな「ちょっとやってみようか」という好奇心を持ち、すべては現在進行形、地域の新たな役割を考えつくっていく、今もその途上にいる。

イン神山
http://www.in-kamiyama.jp/

AIR_J
http://air-j.info/

取材・文:松永大地
1981年生まれ。京阪神エルマガジン社『エルマガジン』編集部、京都造形芸術大学ギャラリーRAKUを経て、現在、成安造形大学勤務。編集、ライター。町のアーカイブユニット「朕朕朕」として、小冊子『2Oi壱』を制作。

写真:成田 舞
写真家。関西を中心に展覧会等の活動を行う。2009年littlemoreBCCKS第二回写真集公募展で大賞・審査員賞を受賞(川内倫子氏選)。写真集『ヨウルのラップ』(リトルモア)。