2)居心地の悪くない場所を 嫌なことはしない
柴田さんと三宅さんは、このまちに来る前の10年ほど、大阪でいっしょに暮らしていた。その間、映画を観に行くことは、ふたりの生活の一部となっていた。映画はもちろん、演劇やライブ、展覧会などを観て感想を話したりすることは、生活のなかのとても大事な時間だった。
子どもが生まれたことをきっかけに、「もっと自然に近い場所で暮らしたい」と考えて、住むところを探す長い旅が始まった。離島や山奥、海の近くなど、さまざまな土地を訪れ滞在するうち、どんなところで、どんな生活がしたいのかがわかってきたという。なかでも、やはり映画のことは大きかった。

三宅優子さん
三宅 ずっと自然のなかにいるよりは、いろいろな人と話したいし、いろいろな文化にも触れたい、という思いが自分たちのなかにあることがわかりました。
そしてやっぱり、映画が自分たちの生活にあってほしい。地方にも映画館はあるけれど、ミニシアターで上映されているような作品に出会えなくなるのは寂しい。今の時代は配信もあるけれど、配信されない作品だってたくさんある。何より映画館で映画を観るという体験は格別だから、だったら自分たちで映画館をつくるのはどうなんだろう、と思ったのがひとつのきっかけですね。
柴田さんは、音楽イベントなどを主宰していた経験を生かし、拠点となり文化発信もできるスペースを持ちたいと考えていた。カフェのように、ライブやトークイベントなどができる場所を、と考えていたところに、「それなら、映画館をやったら」と、三宅さんから提案があった。どうなのかと思いつつ、柴田さんは現実的に可能かどうかを知人友人に聞きにいった。

柴田修兵さん
柴田 映画館は費用がぼーんと跳ね上がるような気がしたんですね。それで、大阪にあるシネ・ヌーヴォさんや第七藝術劇場さんなどに行ったら「大きなスペースじゃなかったら、費用面も抑えられて、今の時代の機材であれば、十分に満足いくものができる」というような話を聞きまして。映画館の設備さえあれば、ライブでもイベントでも、わりと何でもできるんではないかな、と思いました。
「映画館」というだけで、機材や設備などをはじめ「ハードルが高い」と思われがちだが、そのハードルはとてつもなく高いわけではなかった。もちろん、どこで、どんな映画館にするかにもよるだろうが、配給や興行のことなどをあわせて考えても、絶対に無理なことではなかった。
そして、映画館を提案した三宅さんにも、既存の定説に対して、そうではない、という思いもあった。
三宅 移住を考えはじめた頃、山下陽光さん(リメイクブランド「途中でやめる」主宰)の本『バイトやめる学校』を友だちから勧められて読んでいて。「みんながやりたくない/やれないことのなかで、自分はやってもいい/やれるってことが見つかったら、それは仕事になってバイトが辞められる」みたいなことが書かれていて、面白いなと思いました。
小さな映画館がどんどんなくなっていったり、ある程度人口が多いところじゃないと映画館はできないというのは定説としてあったと思うんですね。でも、そうじゃないやりかたで何か見つかるんじゃないかという思いは漠然とありました。
映画館をつくるなら、居心地が悪くない場所にしたい。そして、嫌なことはしない。
居心地が良いとは言わず、好きなことをするとは言わない、その抑制のきいた言葉に、ふたりの映画館に対する感覚があらわれている。そうして、柴田さんと三宅さんは映画館を開く準備を進めていった。


