(2026.07.12公開)
確かにその場所を知っているような、一方で誰かの夢を覗いているような、多様な夕景を描く画家・梶岡百江さんの制作は、身近な場所を歩き、心が何かを感じとる場所を探すところから始まる。スケッチブックを手に、移りゆく空の色、風の冷たさ、子供が弾くピアノの音、17時のチャイム、時には写生の最中に声をかけてくれた人との会話まで、現地での実感を大切に、写し取るように絵を描いていく。
梶岡さんと共にこれまでの作品を振り返りながら、「どこにでもありそうで、ここにしかない、たった一つの」夕景を訪ねてみよう。

《春夕べ》
2024
50号F
第50回京都春季創画展
———梶岡さんは風景を、とりわけ夕景を描かれていますが、なぜでしょうか。
小さな頃から、家の裏の田畑をウロウロ歩いては、どこにどんな草が生えているのかな、と探検するのが好きでした。学校の行き帰りも遠回りして帰ったり、大人になった今も自転車や徒歩であちこち探索して佇むのが好きで、風景を描くのは自然な流れだったと思います。
外で写生をしていると、だんだんと日が暮れて手元が見えなくなってきます。そのとき、自分自身と周りとの境界が消えていって、全てが一体化するような、風景と自分が一つになるような感覚があるんです。そういった感覚を描いていきたいと思って、だんだんとたそがれ時が多くなっていきました。その微妙な時間帯に、普遍的な感覚を落とし込めたらと思っています。

《ゆめ》
2012
30号F
第38回京都春季創画展
———その場での「実感」が大事なのですね。写真を元に描かれたりはしないのですか。
見つけた場所に再び訪れるための記録程度に撮ることはありますが、写真から描くことはないですね。現場での実感を一番大切にしています。何かを感じとる場所を選んで、いろんな日、いろんな時間帯に、その場所で感じたことを自分に染み込ませる時間が大事なんです。その場所に行くまでにあった出来事、周りに見えるもの、お家から聞こえてくるピアノの音、写生をしているといろんな方が話しかけてきてくださってインスピレーションをもらったり、そこで感じたこと全部が一枚の絵になっていきます。
写生も人にお見せする目的ではなく、自分自身が見て感じたことを残し、見えないものにまでふれるために大切にしています。アトリエに帰ってから、現場での感覚を大切に、小下絵(こじたえ)に色をつけ

———雲や煙、家、電信柱、煙突など、繰り返し登場するモチーフについてお聞きします。
以前から、雲や煙といった「存在と消失」を感じさせるものに興味がありました。現れては消えて、消えた後にも何かがそこにあったという感覚が残る。それが存在するということなのかなと、そうしたモチーフを描きたくて風景に入ったところもあります。
家や電柱、煙突は日本のどこででも見られそうなものですが、どこにでもありそうで、ここにしかないものを描いているつもりです。それはたった一人の人に会いにいくような感覚に近いのかもしれません。一人一人の人のような、たった一つの風景を描きたいと思っています。

よく訪れるまちかどで

《うたかた》
2004
112×166cm
第30回春季創画展
———《うたかた》(2004)は、現在の作風につながるターニングポイントとなった作品だそうですね。
2003年に大学院を終了してから、アルバイトをしながらアトリエを借りて制作をし始めたのですが、うまく生活のペースがつかめず、春と秋の創画展(美術団体・創画会による公募展)に出品できませんでした。絵を描き続けるために、自分はどういったペースを守ることが大事なのかを痛感して、外から見たらこの人は何をしているんだろう? と思われるような、場所と向き合って佇む時間が私にはすごく大事なんだと、あらためて深く感じました。
出品を再開しようと、一番描きたいものを考えた時に、実家の裏の、空と田んぼしか見えない土手の風景が思い当たりました。シンプルな場所で、絵にするには難しいかなと思いながらも、そこで日が暮れるまで写生をしてできたのが《うたかた》です。この作品をきっかけに、ずっと描きたかったこと、先に挙げた「存在と消失の感覚」や「始まりと終わりが同時進行している感覚」が掴めた気がしました。
———「始まりと終わりが同時進行している感覚」とはどういったものでしょう。
例えば、山は木々の集合体で出来上がっていて、一つ一つの命がそれぞれの時間軸の中で始まりと終わりを繰り返していますよね。そういったことをどの風景からも感じるんです。描こうと決めていた場所に行ってみたら家がなくなっていたり、逆に何もない場所に家が建っていたり。《うたかた》では、緑青がかった青い空と、茜色に染まる夕焼けの色という相反する色味が混ざり合うところに、始まりと終わりが同等に存在している感覚を見ていました。日が暮れて、あたりが見えなくなって、一見何かが終わっていくように思える風景の中にも、同時に何かが始まっているんだと。

《トロイメライ》
2005
126×162㎝
第31回春季創画展
———《トロイメライ》(2005)を観たとき、すごく懐かしい気持ちになって、この風景を知っていると思いました。
そう言っていただけるのは嬉しいです。この作品は、うたかたと同じ土手の風景ですが、こちらには人工物が入っていて、同じ場所でも時間の流れを感じるように描けたらいいなと思いました。写生をしていると、近隣のお家から晩御飯の匂いや、子供がピアノの練習をしている音が聞こえてきました。その曲が、シューマンの「トロイメライ」だったんです。あとで調べたところ、トロイメライは「子供の情景」というピアノ曲集の中の一曲だったんですね。この土手には、子供の情景という言葉がとてもしっくりきました。
———梶岡さんの描かれる風景には、小さな人影が見えることが多いです。
実家では犬を飼っていたのですが、私が朝起きれないと、父はいつも先に犬の散歩に行ってしまって、後から追いかけては父の背中を見ながら歩いていたんです。だからなのか、絵の中に背中越しの人を描きたくなります。
矢野顕子さんの「星の王子さま」という歌が好きで、その冒頭に「ぼくらは故郷をさがして 旅をつづけている 夢見てる」という歌詞があるんですが、私ももう会えない、心の中にある故郷の風景を探して旅をしているのかもしれません。

《夕声》
2010
100号S
第36回創画展 創画会賞
–
「夕方にはいろんな声が聞こえてきます。『おかえり』や『ただいま』『ご飯できたよ』と呼びかける声、17時のチャイム、そういったものに心ひかれます。《夕声》は、真ん中に描いた電柱がすごくいいなと思って描いた作品です。とはいえ、さすがにど真ん中にあるのは構成としてどうなんだろうとドキドキしていたのですが。たそがれ時の感覚、小さい時から見ていた空の色の感覚がよく出せた作品です」

《ラルゴ》
2006
180×140cm
第32回京都春季創画展〈石正美術館収蔵〉
———石正美術館に収蔵された《ラルゴ》(2006)は特に思い入れが強い作品だそうですが。
伏見の疏水沿いにある橋の付け根の風景を描いています。この作品から、どこにでもありそうで、ここにしかない風景に、普遍的な感覚を込めて描いているんだ、という意識が強くなりました。創画展にこの作品を出品したとき、ある先生が「君は会場で個展をしていたね」と言ってくださって、その一言がものすごく嬉しくて。一枚の作品であっても、そういう意識をもって描き続けたいなと思いました。
京都造形芸術大学大学(現:京都芸術大学)の恩師である石本正先生が、私のアルバイト先の画材店の扉をあけて、「あの絵良かったよ」と言ってくださって、仕事中なのに泣きそうになったのをよく覚えています。《ラルゴ》は2008年の石本正先生の米寿記念展「心で描いた日本画展」でたくさんの会場を巡回していただき、その後、石正美術館に収蔵していただきました。美術館に収蔵していただくというのは憧れであり、目標だったので本当に嬉しいありがたい経験でした。

《トワイライトパレード》
2011
100号S
第38回創画展 創画会賞
———《トワイライトパレード》(2011)は代表的な作品だと伺っています。
2009年から連続して3回目の創画会賞をいただき、正会員に推挙していただいた思い出深い作品であり、最も多く展示の機会をいただいた作品です。
人の往来が多い駅前なので、描きたいと思いながら 4年ぐらい描けずにいたんですが、京都から滋賀に県を跨いで引っ越さなければならないとわかったとき、ここだけは描いておきたいと思いました。道行く人のお邪魔にならないように小さいスケッチブックでちょっとずつ描き進めながら、4年間見てきた印象をオーバーラップさせながら描いていきました。
———画面に人は描かれていませんが、実際にはたくさんの往来がある場所なのですね。梶岡さんにはこう見えているんですね、すごく面白いです。
写生の段階では人がいたりするのですが、説明的になるので描き入れないことが多くて、極力風景だけで物語れたらと思っています。賑やかな往来の様子は、パレードという言葉でタイトルに盛り込んだり、地面に伸びた人影で表しています。
左の方には駐車場があったり、建物も建っていたのですが、自分ではあんまり省いてるという意識はなくて。創画展でも先生に「電柱を描いてるけれど、電線は描いていないね」とご指摘をいただくことがあるんですが、「見えたものだけ描いてるんだよね」とも言っていただきました。

《あたらしい日》
2011
30号F
第2回石州和紙に描いた日本画展
–
「橋も繰り返し描いているモチーフです。こちらからあちらへ繋ぐものであるところにモチーフとしての魅力を感じています。今年の春にも久しぶりに描きました。今後も描きたいテーマの一つです」

《またあした》
2024
100号S
第51回創画展
———様々なモチーフを織りなして夕景のまちなみを描く梶岡さんですが、より「家」そのものにフォーカスした作品も多いですよね。
大津は峠が近くて日暮れが早く、夕焼けがゆっくり見れなくて。そんな中、古いまちなみのある場所だったので、家そのものにだんだんと目がいって。同じ時期に出産をしたので、写生の時間を少しでも長くとるために、その頃からより一層身近な風景を描くようになりました。
それまで、遠いところに取材に行かれて風景を描かれる方々にどこかコンプレックスを感じていたんですが、本当に身近な場所を描いていくうちに、どんな場所からでも普遍的な世界につながることができると思えました。

《おかえり》
2025
F6号
-
窓辺の人影というモチーフは、以前の家で、私が仕事に行くときに、子供が窓から手を振ってくれていたことが影響にあると思います。「家族」は大切なテーマですが、どうしてもストレートな作品になりすぎてしまうので、小さめの作品で、少しずつ様子を伺っているところです


梶岡百江展「夕町散歩‐Twilight Nostalgia-」 展示風景
2025年
ギャラリー恵風
———梶岡さんは現在、京都市立芸術大学で非常勤講師を務められています。学生さんにどんなことを伝えられているのですか。
学生時代に大学で過ごす時間はすごく貴重で、そんな貴重な時間に同席させてもらえることをものすごくありがたいことだと思っています。学生の皆さんにはそれぞれの良さがあって、ただその良さに自分で気づき、磨いていくのはとても時間がかかります。進路は絵を描くことだけではないと思いますが、今真摯に向き合ってることが、どの世界の扉も開けてくれると思うので、それぞれが何をやりたいのかに気づいてもらえるようなアシストができたらいいなと思っています。
学生時代に先生方からいただいた言葉に、時をこえて今も励まされることがあります。人生のいろいろな場面を乗り越えながら絵を描き続けていくときに、絵を通じてつながっている感覚があり、私がかつてあたたかく寄り添っていただいたように、私も私の絵を描き続けることで、そっと応援していきたいです。

自転車でよく出向く湖畔で

《春歌(はるか)》
2025
50号M
第51回京都春季創画展
–
「湖も今後また描きたいと思っているテーマの一つです。幼いころは、海や湖などの水辺は遠い憧れの場所でしたが、現在は湖を身近な場所として感じている感覚と、それでも変わらず遠い憧れを感じている感覚を重ねて描きたいと思っています」
———梶岡さんの絵を観ていると、帰り道、目に映る全てにもう一度足を止めたくなります。自分も、たった一つの風景の中に生きているのだと。最後に、梶岡さんの今後の展望を教えてください。
これまで、遠い場所に憧れながらも、いつも身近な風景を描いてきました。制作していると1年があっという間に過ぎて、なかなか遠くの行きたい場所に行けなかったのですが、それを実行していく年齢に入ってきたのかな、と感じています。もちろん、身近な風景からもテーマをより深く掘り下げていきたいですが、今後は、行きたいと思う場所に身を置いて、種を蒔くように新たな展開も試みていきたいです。
現在、来年の6月の個展にむけて制作を進めています。3年後にも個展のお話をいただいていているので、そちらに向けてもイメージをふくらませて、どきどきそわそわしながら、日々こつこつと、じっくり制作に励みたいと思っています。
民芸運動の柳宗悦さんが「美は愛である」とおっしゃっていますが、私はその言葉はストレートに全てを捉えていると思っていて、私自身もそう言えるような、魂のこもったものづくりがしたいです。今、目の前にあるものを美しいと思える感覚を大切に、ここにしかない、たった一つの、どこか懐かしくまた会いたくなるような、
取材・文 辻 諒平
2026.06.07 オンライン通話にてインタビュー

梶岡百江(かじおか・ももえ)
1977年、京都府生まれ。2003年京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)大学院芸術研究科芸術表現専攻修士課程修了。2006、08年に「臥龍桜日本画大賞展」で奨励賞、2009年優秀賞受賞。
2009、10、11年に創画会賞を受賞し創画会正会員となる。
2012年「第5回東山魁夷記念日経日本画大賞展」 (上野の森美術館/東京)、2016年「革新表現に挑む女流画家たち」(浜松市秋野不矩美術館/静岡)、2017年「日本画山脈 再生と革新~逆襲の最前線」(新見美術館/岡山、他巡回)などの展覧会に出品。
2023年、栗和田榮一賞を受賞(佐川美術館/滋賀)。
主な個展に、2021年「-夕べの旅- twilight trip-」( Kusakabe gallery/京都、同2023年)、2025年「夕町散歩‐Twilight Nostalgia-」(ギャラリー恵風/京都)など。
現在、創画会正会員、京都市立芸術大学非常勤講師、京都日本画家協会会員。
Instagram: @kajioka_momoe
創画会HP:梶岡百江
https://www.sogakai.or.jp/news/view/83
ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)
アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。


