アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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2013.02

おもてなしの精神で広がるまち 神山

前編 芸術家とのつながりがもたらすもの
3)芸術村として、道路をきれいに。
日本初のシステムを導入

97年に、徳島県が新長期計画のなかで国際文化村をつくる、というプロジェクトの話が神山に来る。しかし大南さんたちは、県のプロジェクトで国際文化村ができるとしても、この先10年、20年後を考えてみたら、自分たち地域に住んでいる人間が管理なり運営する時代が来るだろうと予見。「それなら与えられたものでは上手く機能するはずがない」と考え、自分たちで管理、運営できるようなプロジェクトを逆に県に提案をしていこう、と動き始める。

———それまでは、いろんなプロジェクトがあって、やっていったらその向こうに何か見えてくるだろうという発想で考えていたわけです。それを、今度は逆に10年、20年後の姿を予見し、そこに行くためには今これから何をしなければいけないのかという、未来からの視点に転換したわけです。多分これがとても大きな転機になったと思っています。

その時に立ち上げた国際文化村委員会で出たアイデアが、芸術家村と大南さんがアメリカで実際に目にしたアドプト・ア・ハイウェイだった。アドプト・ア・ハイウェイは、アメリカ生まれのプログラム。道路を2マイルの区間に区切って、そこに民間の企業などのスポンサーが付き、スポンサーが行政に代わって掃除をするもの。日本では神山での取り組みがはじめてだった。

———これから“文化”という冠を戴く場所を自分達がつくっていくときに、道路脇にゴミが散乱している状況は、その対極にあるのではないだろうか、と。例えば、道に“この町は日本一美しい町”という看板を設置するのはイメージの押し売りであると思ったのです。入って来たひとが、なんかこのまちはちょっと違うよね、何だろう、とそのひと自身が見つけ出した理由が“よくみたら道路にゴミ落ちてないな”というふうになるのが貴重なわけ。自分で発見していることだから、絶対評価となる。こういうことをずっと続けていくことが、文化が生まれるまちの姿勢であるべきではないかと考えたわけです。

押しつけではない、来たひとの自主性を促す大南さんの考え方は、神山というまちの姿勢を表しているようでとても興味深い。

 

アドプト・ア・ハイウェイの取り組みのようす。まちにはこのように、道路の脇にその区域のスポンサーを示す標識が立っている

アドプト・ア・ハイウェイの取り組みのようす。まちにはこのように、道路の脇にその区域のスポンサーを示す標識が立っている