1)イギリスから 牛舎を住まいに改装する
フィリックスとエミリー1
東吉野村の中心部から北部へ車を10分ほど走らせると、山々に囲まれた、わずか3軒が暮らす小さな集落に到着した。小さな家の前によもぎの畑があり、裏手を清らかな鷲家川が流れている。風や鳥の声など、自然の音だけが耳に届く。とても静かだ。



フィリックス・コンランさんとエミリー・スミスさん
ここにイギリスから移住したのが、フィリックス・コンランさんと、パートナーのエミリー・スミスさん。写真左の小さな家は二人の住まい。なんと牛舎や農機具小屋として使われていた築150年ほどの建物を改修したものだ。
エミリー: 私たちが「ここを改修して住む」と言ったとき、みんなすごく驚いたんです。この建物は長いこと修繕されていなかったので、当時は本当にボロボロで荒れた状態でしたから。でも、解体は一切考えませんでした。
ここは以前、何世代にもわたって一つの家族が暮らしていた場所。彼らから受け継いだ私たちは「一時的に預かっている立場」で、敬意を持ってそれを活かしながら、自分たちの時間をつないでいきたいです。
イギリスでは、古い厩舎や納屋をモダンな住宅に改築して暮らすスタイルが人気だ。建物の歴史を引き継ぎながら暮らすという発想は、彼らにとって自然なのかもしれないが、それでも驚かされる。
改修は、フィリックスさんの設計やアイデアをもとに、地元の大工と進められた。
フィリックス: 改修では、宇宙船のような異質なものに見えないよう配慮しました。窓がなかったのですが、建物と周りの風景がつながるようにしたくて窓を取り付けたんです。
さらに、改修や家具の制作で吉野地域の木材を使ったり、レンガやタイルなどの配色で周囲の自然のなかにある色を取り入れたり、畳やお風呂といった日本の伝統的な要素も取り入れたりして、あらゆるところで周囲との調和を意識しました。
環境、もともとの建物、そしてそれらをつなげようとする自分という3つの存在が対話して、一緒につくっているようなものだと思っています。

もとはこの土地で最初に建てられた家屋で、のちに牛舎や農機具小屋として使われるようになったという





木材のヒノキや杉は地元・吉野産。75㎡の家だが、戸外とつながり、自然と一体にあるようで広く感じる。石や砂、レンガ、畳など、木の色と緑を基調に考えてある。お風呂は寝室スペースから少し下がっていて、お風呂に入りながら外の景色を楽しめる
フィリックスさんの祖父は家具デザイナーであり「The Conran Shop(ザ・コンランショップ)」の創設者であるテレンス・コンラン卿だ。ここに移住する前、フィリックスさんは家具の会社を父と創業し、デザイナー兼経営者としてグローバル企業へと成長させた。
一方、エミリーさんはロンドン大学キングス・カレッジを卒業後、ドキュメンタリー映画の制作に携わり、映画監督やプロデューサーをしていた。
日本が好きだった祖父の影響などで、10歳の頃から「いつか日本に住みたい」と憧れていたというフィリックスさん。エミリーさんも、韓国にルーツのある母が日本で生まれ育ったため、日本には親しみがあった。
そんな二人は、2023年に日本各地を3ヵ月ほど旅したとき、Airbnbで偶然選んだ東吉野村を訪れ、この村に住むアーティスト・坂本和之さんと出会った。
坂本さんについては次号で詳しく取り上げるが、二人はAirbnbで坂本さんのアトリエに滞在し、彼を中心とした人々や、山や清流などの豊かな自然に魅せられた。「ここが自分たちのいるべき場所だ」。初日からこの村に魅せられた二人は、再度の訪問を経て移住を決意。翌年から愛犬たちと共に東吉野村で暮らし始めた。


イギリスから連れてきた2匹の愛犬と / イギリスや東吉野村の友人知人の作品を置く


