アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

このページをシェア Twitter facebook
#163

アウトドアハットとベレー帽
― 西岡 潔

(2026.07.05公開)

いつの頃からだろうか、帽子をかぶることが日常となっている。プライベートのときも、仕事のときも、両方ともに。あまり意識していたわけではないが、振り返れば、私にとってなくてはならない道具の一つだ。
私は写真家を生業としている。年齢とともに変化はしているが、基本は屋外が好きで、太陽の下、自然の中で過ごすことが多々ある。
20代前半の頃、オーストラリアをバンで寝泊まりしながら1年をかけて巡ったり、電車やバス、ヒッチハイクを駆使し陸路で東南アジアを巡ったりと、移動の日々を過ごしていた時期がある。一日中屋外にいることも多かった。そんな中、頭や目、体調を守るものとして帽子をかぶってきた。雨のときも、帽子をかぶっているのと、かぶっていないのとでは、気持ちや疲労度は大きく変わる。そして守られているようで落ち着くのだ。

帽子のツバによってできた日陰越しに見る景色は、少し落ち着いた心持ちで見ることができた。
雨に打たれ耐え忍びながらの登山や撮影するときには、帽子のツバからポタポタと雨が滴る。その光景はしっかりと記憶に残っている。

_MG_4936

山や屋外の日差しが強い場所での撮影や、身体の動きが多い場合はアウトドアハットを選ぶ。アウトドアハットの良い点はツバがぐるっと一周しているところで、顔に落ちる影が多くなり、より一層快適で守られている感がある。なのでツバも長い物を愛用している。

_MG_4919-

それ以外の撮影や日常では、主にベレー帽をかぶっている。とりわけベレー帽というものは、使い勝手がとても良いのである。これは個人的な捉え方なのかもしれないが、カジュアルすぎず、かしこまりすぎず、割と色々なシチュエーションでかぶっていても大丈夫な感じがある。
それは過去にベレー帽をかぶってきた人たち、パブロ・ピカソ、手塚治虫、ユージン・スミス、チェ・ゲバラなどのイメージがそう思わせているのかもしれない。
フェルトやウールで編み上げられた生地感や、アシンメトリーなかぶり方ができるところが気に入っている。ツバがないので人との心の距離感やコミュニケーションも損なわれない、丸みがあるので緊張感を和らげられる。

写真家という仕事柄、いろんな場所に赴き、いろんな立場の方々に接する。基本的には失礼のない振る舞いと格好をこころがけているが、現場では重い機材や撮影準備、身軽に動き回らないといけない場合も多く、いたって落ち着き余裕があるような振る舞いの奥で、内心は焦っていることもしばしばだ。周りの環境や人への配慮と気遣いを忘れてはならない。しかし、撮影にも集中しないといけない。
自然な表情を捉えるために、自身も自然体でありたいと心がけている。
光や場とそこに在るもののタイミングが相まって、その場が出来上がる瞬間を掬い取るようにシャッターを押す。
フレーミングに収まる関係性をある意味「観客」になったような視点で見つめている。背景に余計なものが写り込んでいないか、という判断も同時に行いながら。
その一瞬の集中を支えてくれるのが、ベレー帽だ。どうしても撮影中に前髪が落ちてきて視界を遮るが、いちいち髪を耳にかける無駄な動作を省いてくれる。キャップではツバがカメラに干渉して撮影しづらいだけでなく、被写体との間に物理的・心理的な分断を作ってしまう。上品さを醸し出しながらも、徹底して機能的であること。それが私にとってのベレー帽なのだ。

フェルトやウールで編み込まれた生地は、厚みがあり多少のクッション性がある。壊れやすいものを置くときや、ガラスのテーブルや傷のつきやすい木の表面などにクッションとして敷く、ものを置くときの音も軽減され、デリケートな機材をそっとフェルトの上に預けることもできる。

筆者が奈良県東吉野村にオープンした、Gallery & Café マトマニスタジオで。筆者西岡潔(左)と西岡愛(真ん中)、アーティストのDouglas Diazさん(右)。 ツバのないベレー帽 は、人と過ごすときもちょうどよく、自然体でいられる Photo: 菊田やすこ

筆者が奈良県東吉野村にオープンした、Gallery & Café マトマニスタジオで。
筆者西岡潔(左)と西岡愛(真ん中)、アーティストのDouglas Diazさん(右)。
ツバのないベレー帽は、人と過ごすときもちょうどよく、自然体でいられる
Photo: 菊田やすこ

シンプルでありながらも、被り方の工夫で印象も変わる。
使い込むほどに馴染んでいき、私というキャラクターの一部になっている。
服を着ていざ出かける直前にベレー帽をかぶり、整う。
服にも共通する部分はあるけれど、見る仕事でもある写真家にとって帽子とは、自身を中心に内と外の境界でそっと手助けをしてくれているような存在。
守られているようで落ち着く帽子は、私の仕事と日常のすぐ近くに、いつも静かに在り続けている。


西岡 潔(にしおか・きよし)

写真家、現代美術家。
「間」をテーマに、観察を通して浮かび上がる関係性や概念、感情を、写真、映像、ドローイングを重ね合わせることで表現している。写真家としても、建築や空間を場の空気感を大切に撮影する。
2012年、個展「マトマニ」で第14回三木淳賞奨励賞を受賞。2015年より東京から奈良県東吉野村に拠点を移し2021・2022年には「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」曽爾エリアキュレーターを務める。2023年、自身のスタジオギャラリー「マトマニスタジオ」を開設し、地域に根ざした創造の拠点づくりを進めるほか、「はじまりの東吉野オープンアトリエ」や「オオカミ盆踊り」といった企画にも取り組む。2025年、KG+ SELECTに選出。2026年5月には、間をつなぐ場所をコンセプトにした活動の場として「Gallery & Café マトマニスタジオ」をオープンした。

書籍
『喫茶とインテリア』(大福書林)
『家の神さま』(大福書林)
『特薦いいビル 千日前味園ビル』(大福書林)

https://nishioka-kiyoshi.com/

Instagram: @nishioka_kiyoshi

Gallery & Café マトマニスタジオ
https://matomani-studio.com/

Instagram: @galleryandcafe_matomani_studio