アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#158
2026.07

移住と仕事のいま2026

1 海外からの移住 異なる暮らしを接続する 奈良県東吉野村

2)地元の人々との交流 「濃さ」も楽しむ
フィリックスとエミリー2

二人にとってかけがえのない存在となっているのが、家の向かいに住む94歳の梅本フサエさんだ。移住前に彼らが家を見に訪れた際、梅本さんは嬉しさのあまり、彼らをハグしたという。この地に70年ほど住んでいる梅本さんは、村内で進む過疎化を肌で感じていたのだろう。彼らをあたたかく迎え入れた。

二人は日々、梅本さんから年中行事の風習、保存食や郷土料理などを教わっている。特に、コロナ禍のロックダウン期間に野草やきのこの魅力に開眼したエミリーさんにとって、梅本さんは先生だ。

エミリー: 多くのことを学ばせてもらっています。梅本さんから学べることはとても貴重です。もし彼女がいなくなってしまったら、多くのことが失われてしまいます。

エミリーさんは移住時には日本語をまったく話せなかったが、熱心に勉強し、現在は短いフレーズや単語をつないで話すことはできるようになっている。「(以前日本に暮らしていた)母は、私が日本に移住すると決めたときとても驚いて『あなたに日本語を教えておけばよかった!』と言ったんです」と、エミリーさん。
自ら学んでもいるが、地域のおじいさんやおばあさんたちが日本語の先生だ。その一人が梅本さん。絵本などを使って日本語を教わっている。

あるとき、梅本さんはテレビ番組でおいしそうな焼肉を見たことを話し、二人が「じゃあ明日うちで食べましょうか」と提案すると、とても喜んだ。翌朝、フィリックスさんは早起きをして焼肉用テーブルを2時間でつくったという。

フィリックス: はじめは川のそばで食べようかと思いましたが、冬で外は寒かったので、梅本さんのために室内で食べようとエミリーが提案してくれて、テーブルをつくったんです。

エミリー :  フィリックスはいつもそんな調子で、必要を感じたらすぐにドリルなどの道具を手にして、つくってくれます。住まいは常に、状況に応じて工夫し、変化させ続けることが大事だと思います。

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室内で焼き肉するようにとフィリックスさんが急遽作ったテーブル。こちらは取り外して、玄関脇のオブジェに。フィリックスさんのナイス・アイデア

自然、文化、そして人。二人はさまざまなものとの出会いを素直に喜び、慈しんでいる。エミリーさんは地域のおじいさんやおばあさんに話しかけ、親しくなるケースも多い。先日も、綿花栽培をしているおじいさんの家を訪問したばかりだという。

エミリー :  私はいろいろな人に会うのが好きなんです。織り物や染め物などの技術を持っている人や、梅本さんのように70年も野菜を育て続けている人。そういう人たちが持っている知恵や知識こそが、私には魅力です。地域コミュニティの一員であることを楽しんでいます。東吉野村に住むいいところの一つですね。

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エミリーさんのスペース。壁には漬けた梅や果実、乾燥させたきのこなどがずらりと。綿布を染めるなど、衣食住の興味はつきない

一方、移住前に会社を売却したフィリックスさんは、東吉野村で新たにデザインスタジオ「HA PARTNERS」を設立。ちなみに、この名称は、エミリーさんの母の姓「ハ」から名付けられた社名だ。吉野林業会社や若手の木工作家などとコラボレーションし、吉野杉などを使った家具やインテリアアイテムのデザイン、リノベーションを手掛けている。

フィリックス :  こんなにすばらしい人たちと一緒に働けるとは予想していませんでした。はじめは「孤立した山の中に住むんだ」と思っていたのですが、私たちの周りのコミュニティこそが、一番予想外の宝物でした。彼らとは公私で親しくしていて、先日もエミリーと友人の田んぼで手植えを手伝ったところです。