アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#130
2024.03

山と芸術 未来にわたす「ものがたり」

2 坂本大三郎さんの、経済のまわしかた 山形県西川町
5)山の入り口を町場にも
「アカオニ」小板橋基希さんに聞く

ここからは、KUZURIがどうやって生まれたか、その話をしていきたい。
西川町に住む前、坂本さんは山形市内の「とんがりビル」に十三時をオープンしていた。とんがりビルは山形のカルチャー発信地のような場所で、その1階の入り口脇にある十三時は、町中にある、山の入口のような存在だった。
その、とんがりビルを立ち上げたメンバーの一人が、デザイナーであり、山形を拠点に活動するデザイン会社「アカオニ」代表の小板橋基希さんだ。「山形ビエンナーレの第1回目に宣伝美術で協働することに始まって、坂本さんとは長く関わっている。KUZURIのパッケージデザインを手がけたのも彼である。

IMG_8603

小板橋基希さん。坂本さんとは同い年で、大学入学とともに山形に移住した

———大三郎くんから、山で採取したものを加工してプロダクト化するブランドをりたい、と相談を受けて。クズリはタイガやツンドラといった北方地域に生息する大型のイタチの仲間なんです。なんでクズリ? と大三郎くんに聞いたら、北方民族の神話で天と地上の異なる世界をつなぐ役割をする、マジカルアニマルで、人類学者のレヴィ=ストロースの『野生の思考』の裏表紙にも描かれているから、と言う。デザインをどうしようと考えた時に、大三郎くんはイラストレーターで版画もするので、お願いしない手はない、と頼みました。KUZURIを描いてもらって、それを版画で作ってと。もうひとつは、月山で作っていることを生かそう、と。修験道が盛んな場所は温泉が沸いた場所でもあるので、温泉に人が集まって、宿坊ができて、観光にもつながる。外国の人が見ても、誰でもわかるように、ということで英語にして、タイポグラフィでデザインしました。

坂本さんは拠点を西川町に移し、まちを離れて山に入っていく。一方で、とんがりビルでは、十三時のコンセプトを引き継いだ店舗を、アカオニが運営することになった。十三時とのかかりを残したいということで、ネーミングを坂本さんに依頼してオープンしたのが「この山道を行きし人あり」だ。

———坂本くんのフィルターを通して見る山のものや、自然とのつながりを感じるものをラインナップしています。もちろん、十三時の製品も置いています。ネーミングは「葛の花 踏みしだかれて 色あたらし この山道を 行きし人あり」という釈迢空の歌から取ったものです。葛の花が踏まれていて、自分の進む前には先人がいるとわかる。そこに山の中での孤独感や人の痕跡をみつけた安心感、もしかしたら釈迢空は“行きし人”を聖なる存在と重ねてみていたのかもしれない、という。
大三郎くんは山の人で、僕はまちにいて、山のことはわからない。山のことはなかなかわかりづらいものだと思うので、僕らは町場の役割として、彼の面白さをまちとをつなげるようなスタンスでやっています。

IMG_8557

IMG_8558

IMG_8588

IMG_8681

自然とのかかわり合いで生まれたものを、山形を始め、日本、世界の各地から集めたショップ「この山道を行きし人あり」。『盆地文庫』は山形ビエンナーレに際して刊行された書籍で、坂本さんの木彫刻やインスタレーション作品も掲載されている。装幀は小板橋さん / 店名の書はソウルの雨乃日珈琲店による。

伝統的な山の暮らし、山岳信仰、山の祭り。ビエンナーレなどの企画やKUZURIの製品は、現代に生きる私たちが山にアクセスできる、最初の入り口になる。近しい人たちとかかわりながら、坂本さんはさまざまな「入り口」を作りつつ、山の文化を伝え、自分自身の経済も循環させようとしている。

最終回となる次号は、過疎化が進む山間地域で、どのように生きているのか、これからを考えているのか、坂本さんの「生き方」を取り上げてみたい。

取材・文:池尾優(いけお・ゆう)
編集者、ライター。okuyuki LLC代表。1984年東京生まれ。2006〜2009年までバンコクにて出版社勤務の後、2010年よりトラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集部(Euphoria Factory)に在籍。同誌副編集長を経て2018年に独立。2018年より京都在住。https://www.oku-yuki.com/

写真:志鎌康平(しかま・こうへい)
1982年山形県生まれ。写真家。小林紀晴氏のアシスタントを経て、山形へ。「山形ビエンナーレ」や沖縄でのプロジェクト「地域芸能と歩む」のフォトグラファーなどを務める。現在、中国、タイ、ラオスでの少数民族の文化や日本国内の人・食・土地の撮影を行っている。展示に「土地のまなざし」(山形 KUGURU 2016年)「もうひとつの時間」(沖縄 rat&sheep 2022年)がある。荒井良二さんに描いていただいた絵本を元にアトリエ「月日坊」を2023年開設。第22回ひとつぼ展入選。東北芸術工科大学映像学科非常勤講師。https://www.shikamakohei.com

企画・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。