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#311

春を祝う侗族の谷雨節
― 中華人民共和国 貴州省黔東南ミャオ族トン族自治州黎平県

中国の二十四節気のひとつ「谷雨(こくう)」は、春の終わりを告げ、雨が穀物を育てる大切な時期とされています。貴州省黎平県(れいへいけん)の肇興侗寨(ジャオシントンジャイ)では、この時期にあわせて侗族(トン族:中国南部に暮らす少数民族)の伝統行事「谷雨節(こくうせつ)」が行われます。この祭りは、農耕の節目を祝うと同時に、人と人とのつながりを深める春の祝祭でもあります。種もみを水に浸す「泡谷種(パオグージョン)」や、南燭の葉で染めた黒いもち米「烏米飯(ウーミーファン)」を作る習わしには、豊作への願いとともに、田を耕す牛への感謝が込められています。こうした行為は、自然のリズムに寄り添いながら暮らしてきた侗族の知恵を今に伝えています。

谷雨節を楽しむ侗族の人々の日常の風景

谷雨節(こくうせつ)を楽しむ侗族(トン族)の人々

谷雨節に作られる烏米飯(ウーミーファン)

谷雨節に作られる烏米飯(ウーミーファン)

侗寨の中心には「鼓楼(ころう)」と呼ばれる木造建築があり、村人たちが集う象徴的な空間となっています。谷雨節の期間中、この鼓楼では「侗族大歌(トン族だいか)」が響き渡ります。伴奏を用いず複数の声が重なり合うこの合唱は、物語や感情を伝える手段であり、村の記憶そのものでもあります。

侗族の人々が村で侗族大歌(トン族だいか)を歌う様子

侗族の人々が村で侗族大歌(トン族だいか)を歌う様子

夜になると、「丢卣卣(ディウヨウヨウ)」と呼ばれる習俗が行われます。「卣卣(ヨウヨウ)」は竹で編んだ小さなかごで、かつて若い男女が想いを伝え合うために用いられました。男性が菓子を入れて投げ入れ、女性が烏米飯などを返すというやり取りには、素朴で温かな交流のかたちが残されています。その際に行われる「打花脸(ダーファーリエン)」では、鍋の底についた煤を油や水で溶いたものを顔に塗り合い、祝福や親しみを表します。黒く塗られるほど喜びが多いとされ、現在では観光客も参加できる賑やかな体験として受け継がれています。

夜の「打花脸(ダーファーリエン)」に参加する来訪者たち

夜の「打花脸(ダーファーリエン)」に参加する来訪者たち

さらに、長いテーブルを囲んで食事を共にする「長桌宴(チャンジュオイェン)」や、魚の形をした灯りを手に練り歩く「魚灯巡遊(ユィドゥンジュンヨウ)」、村歌の披露など、多彩な催しが村全体を包み込みます。人々が一堂に会して食事を分かち合い、歌い、笑い合う光景は、まさに共同体の絆を感じさせるものです。近年ではこうした伝統行事に現代的な演出や観光の要素も加わり、国内外から多くの来訪者を引きつけています。それでも、その中心にあるのは、自然への敬意と人とのつながりを大切にする暮らしの姿です。谷雨節は、農耕、食、歌、そして交流が一体となった侗族文化の縮図であり、変化を受け入れながらも、その根を保ち続けています。

(胡藝航)