アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#71
2019.04

コミュニティの、その先へ

1. 神奈川・鎌倉の民間企業とコミュニティ

鎌倉のコミュニティが、成熟度を増している。

コミュニティの主な担い手は、鎌倉に拠点を置く民間企業、NPO(民間非営利団体)、個人店だ。

鎌倉は、もともと市民活動の歴史が長いことで知られる地方都市である。
日本で最初にナショナル・トラスト団体が設立された地としても知られており(*1)、行政まかせではない、民間・市民主導の運動や活動を通したコミュニティづくりが盛んに行われてきた。

これまでの鎌倉の市民活動は、大きく分けて三世代にわたって展開されてきた(*2)
大正時代、政財界人を中心として公共施設の改築・設立などを手がけた第一世代。
戦後の急速な住宅地開発に対し、文化人・知識人を中心として先進的な環境保護運動を行った第二世代。
適度な緊張関係を保ちながら行政と協調・協働する、市民を中心とした第三世代。

今、そこに加えて「コミュニティづくりの新たなフォーマットを発信する第四世代」が生まれようとしている。

戦後に東京圏から多くの移住者を受け入れ、住宅都市として発展した鎌倉は、実は地つきの市民は多くなく、その風土に魅せられて移り住んだ市民が大半だ(*3)
つまり、自らの意思でこのまちを選び、住んでいるひとが多い。
それだけに、個々人が思い描く「鎌倉像」というものがあり、そのイメージの多様性が、そのままコミュニティの多様性として反映され、コミュニティづくりの練度を高めている。

一方で、その多様性が、価値観の違いや利害のぶつかり合いを多分に含んでいることも事実だ。
しかし、今回取り上げる事例で出会ったひとの多くが、そのズレや摩擦を批判せず、また見て見ぬふりすることもなく、互いに把握しながら共存するという態度を持ち合わせていた。

その姿には、行政は何もしてくれないともっともらしく嘆く前に、自分たちで自分たちの暮らしを快適にする方策がまだいくらでもあるのではないかと思わされる。
その意味では、地方への移住者が無事定着した未来をひと足先に生きている前例としても、鎌倉は参考になるまちであると言えるだろう。

鎌倉の風土や文化から生まれた方法でありながら、どのまちにも通用する汎用性のあるもの。
そんなコミュニティづくりのロール・モデルと呼べるものが、今、このまちに集積している。

4・5・6月号の3号にわたり、新たなコミュニティづくりのフォーマットを生み出す鎌倉の民間企業、NPO、個人店を取材した。

*1…公益財団法人 鎌倉風致保存会ホームページ内「鎌倉風致保存会とは」より
http://userweb.www.fsinet.or.jp/fuhchi/profile.html
*2、3…鎌倉市市民活動センターホームページ内「鎌倉の歴史と風土と市民」より
http://npo-kama.sakura.ne.jp/ce/htdocs/kamakura.htm

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三方を山、一方を海で囲まれた鎌倉は、その長い歴史の中で実にさまざまな「まちのイメージ」を生きてきた。幕府のまち、観光のまち、海水浴のまち、文士のまち、市民活動のまち、サーフィンのまち、朝ごはんのまち。それだけに考える機会も多いのだろう、鎌倉の人々と話していると、まちやコミュニティについて語り慣れているようすに驚かされる。「まちをデザインする」という観点が市民レベルで浸透している

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