3)「地域資本主義」というフォーマット
——面白法人カヤック(3)
2018年に刊行した最新の著書『鎌倉資本主義』で、柳澤さんは「鎌倉から地域資本主義を発信していこう」という新しい提案を行っている。
「地域資本主義」という聞き慣れない言葉は、何を目指すものなのだろう。
「ぼくらの会議棟」と呼ばれる新しいオフィス・ビルの一室で、柳澤さん本人に聞いてみた。
———ある時点から、従来の資本主義の課題というか、GDP(国内総生産)みたいな物質的な豊かさをはかる指標じゃなくて、精神的な豊かさをはかる指標が必要なんじゃないか、それにはやっぱり地域コミュニティが切り離せないんじゃないか、ということが、自分のなかで1つのテーマになりました。カマコンのような「非効率だけど面白い地域のコミュニティ」を、どうすれば資本としてはかれるんだろう、と。その時、「地域資本主義」という言葉を思いつきました。効率を追求する資本主義と、非効率な地域っていう、そのギャップのある組み合わせが面白いなと思って。そのままコンセプトとしてうたってもよかったんですけど、せっかくだから、鎌倉から発信する地域資本主義を「鎌倉資本主義」と名づけて、「どこどこ資本主義」みたいな、いろいろな地域の名前がついた資本主義が増えたら面白い社会につながっていくんじゃないかと思って、今、いろいろ実験しているところです。
「効率を追求する資本主義と、非効率な地域」。地域が非効率とは、どういうことだろう。
———例えば、鎌倉はコンパクト・シティの最たるまちだと思うんです。歩いて行ける距離に海と山があって、文化的施設があって、住環境としても魅力的だから住みたいエリアとしても常に人気で、その上、観光客も来ちゃって、最近ではぼくらのような会社も増やそうとしてる。小さなまちにいろんなものがカオス化して入ってる。そういう多様性のある状態は、ビジネスの観点でいうと往々にして非効率なんです。同じ地域にいろんな機能があるよりも、その地域はトウモロコシだけつくってる方が効率がいい、というのが資本主義が追求する合理性の考え方だから。でも、会社という生き物で見ると非効率なものでも、人間という生き物で見ると面白いことってあるじゃないですか。従来のビジネスは、多様性がない方がイノベーションが起きやすいって言われればそっちを選んできたんですけど、まず面白くて、かつイノベーションが起きるもの、という順番で取り組む時代になってきたのかなと思いますね。
鎌倉資本主義という言葉にたどり着いたとき、柳澤さんは全国各地や地元からさまざまな識者・企業経営者を招き、「鎌倉資本主義を考える日」というシンポジウム的なイベントを開く。
そこで、鎌倉資本主義とは、地域経済資本(財源や生産性)・地域社会資本(ひとのつながり)・地域環境資本(自然や文化)の3つの地域資本を増やしていく活動であることを確認。
その上で、今後カヤックが取り組むこととして、まず2つのプロジェクトを表明した。
1つは、鎌倉のまちを応援し、地域社会資本を増やす、前述のまちの○○シリーズの展開。もう1つは、地域社会資本や地域環境資本という「見えない資本」を定量化する「地域通貨」の立ち上げだ。
地域通貨といえば、神奈川県相模原市藤野区の「萬(よろづ)」や岐阜県飛騨高山地域の「さるぼぼコイン」などが知られるが、柳澤さんの志す通貨は、既存のものとは少し異なるようだ。
———地域通貨というと特定の地域でしか使えない通貨というイメージがあると思いますが、今、ぼくらがつくっているのは、ひとのつながりを増やすことに特化した地域通貨です。「まちの社員食堂で隣のひとにビールをおごったら通貨が増える」とか「カマコンのプロジェクトに参加すればするほど通貨が貯まる」とか。でも、鎌倉でしか使えない通貨じゃない。いずれどこでも使えるものにしたいと思ってます。国内では前例がないんですが、実験的に鎌倉から始めたい。通貨の単位ですか? まだ悩んでるところです。鎌倉の「かま」じゃないことは確かですね(笑)。
「ひとのつながりを増やすことに特化した地域通貨」というものがどういうものなのか、柳澤さんの話からは、まだにわかにイメージできなかった。しかし、始動したあかつきには、これもまた新たなコミュニティづくりのフォーマットとなることは予感できた。
どちらかというと、顔の見えるもの同士、手弁当でものごとを進めていく市民活動文化が根付いている鎌倉の一部では、IT企業であるカヤックの繰り出すスピーディーかつ新しい概念に「鎌倉が六本木ヒルズのようなバーチャル重視のまちになってしまうんじゃないか」と心配する声もあったようだ。
「でも、ローカルとITは両極端なものじゃない。ITがあるからこそ、地域にいながら発信できる。テクノロジーが進化したからこそ地域資本主義が成り立つんだと思いますよ」。柳澤さんが、そうきっぱりと言っていた。