アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#130
2024.03

山と芸術 未来にわたす「ものがたり」

2 坂本大三郎さんの、経済のまわしかた 山形県西川町
3)「自分で作る」回路をつなぐ

坂本さんには、山のもの以外で興味をもって行っていることもある。たとえば、コーヒー豆の焙煎だ。十三時ではコーヒーを提供したり、自家焙煎の豆を販売しているが、坂本さんがコーヒーに目覚めたのは数年前だという。

——元々コーヒーは飲めなかったんですけど、夜遅くまで仕事していて、眠気覚ましで飲み続けていたら、だんだん好きなものと嫌いなものの違いが出てきて。コーヒーって意外とおいしいものもあるんだな、と。昔ながらのコーヒーって劣化した豆を平気で使っていたのが、近年では質の良い豆を選んで使うショップが増えたらしいんです。ああ、自分は質の悪いコーヒーが苦手だっただけなんだと気づいて、それから自分なりにちょっと追究してみようと思って、鍋で焙煎して、お店でも出すようになりました。調べるのが好きで、やってみると意外とできる。やり出したら楽しくなってきたんです。

好きになったら、突きつめて研究してしまうのが坂本さんの性分である。手持ちの鍋で少量ずつ焙煎しながら、豆の種類と焙煎度合いの組み合わせによりどんな味ができるかを分析し続けた。そんなある日、コーヒーの国際的な品評会の審査員から高い評価を受ける。

———たまたまお客さんとして来て、コーヒーをおいしいと言ってくれて。焙煎機がないから手でやっているんです、と言ったら、手で焙煎してこんなおいしいのができるんだ、って。そんな話から、うちに余っている焙煎機あるから譲るよ、と言ってくれて。人に恵まれてますね。
少し前は自家製カレーやハンバーガーをメニューに出していたこともありましたが、継続して作るのは大変だと気づいた。自分が納得できるクオリティを作るにはかなり時間がかかり、継続するのが大変になってしまった。十三時は開いていることも少ない店なんですけど、営業しているときはかなり少ないメニューを出すようになりました。

「どんな料理でも、作ることはできると思う」と坂本さんは言う。

———毎日、皆さんも違う料理作るじゃないですか。それと一緒で。料理ごとのレシピがあるじゃないですか。それに沿ってていねいに作れば完成するはずなんです。そこから自分好みに分量を調節すればオリジナルレシピができますよね。料理も焙煎も、誰かがやっていることじゃないですか、全部。今の世の中では、その方法はほとんど公開されています。だから、絶対できるはずなんですよ。ただ、料理人って、時間の制約があるなかで、それを毎回どんな人に対しても同じクオリティで出す。それには設備が必要だし、経験がものを言うこともあると思います。だから料理人。1回だけとか少人数だったら、手を抜かなければ誰でもできるんじゃないかと考えています。次から次へとやってくるお客さんに、いつでもそのクオリティを出すのが難しいんです。

坂本さんは「誰かがやっていることはできる」とも言う。実際、やってみればできるのに、現代に生きる私たちの脳には、「まずは、やってみる」の回路が生まれにくい。そのことに気づいてさえいないかもしれない。

———大変そうだな、って思うじゃないですか。僕も思っていたんですけど。いろいろ調べると、それは、その業界の人が自分を守るために作り出している言説であることが多い。そういった人たちにも生活があるので言説を壊してやりたいとは思わないんですけど、ものづくりの本当のことが知りたいと思っています。だから、とりあえず何でも調べてみる。今まで作りたいと思って、これは無理かもと自作を断念したのはスマートフォンでした。山人にとって、半導体の世界の壁は高かったです。でも、時折思い出しては調べることを続けています。

坂本さんの興味関心から始まったものもまた、十三時の製品ラインナップやメニューになっていく。根底にあるのは、ものづくりに対する関心。凝り性を発揮し、工夫と実験を重ねて、作りたいものを作ってしまう。坂本さんだからかもしれないが、「誰かが作っているものは作れる」はずなのだ。

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坂本さんが淹れてくれたコーヒーは、果実のような香りでフレッシュな味わい。気持ちがリフレッシュされる。