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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#16
2014.04

岡山・西粟倉村 ものづくりから始まる、森林づくり、村づくり

前編 森林がつなぐ、これまでの50年、これからの50年

岡山県英田郡、西粟倉村。北は鳥取県、東は兵庫県に隣接する細く長い谷あいの村を車で走ると、左右両岸のかなり間近に緑深い山々が迫る。まさに「森林率95%」を肌で感じる光景だ。肥沃な土壌、豊富な降雨量、日本海の湿気と瀬戸内海の温風がはぐくむ豊かな森林に恵まれた西粟倉村は、小さいながら県下有数の林業の村として明治時代から栄えてきた。
村の森林の約8割は、スギとヒノキの人工林だ。現在、その多くを樹齢50年以上の木が占めている。戦後世代の村民たちが、子や孫の暮らしの糧となるようにと願いを込めて植えたものだ。しかし、ここ数十年は木材の価格低下による林業の衰退、過疎化による人口減少で、木の世話をしに山に入るひとがいなくなり、村の森林は荒れる一方だった。
そんな村に転機が訪れたのは、平成16(2004)年。当時、政府が進めていた大規模な市町村合併政策「平成の大合併」において、西粟倉村にも近隣の美作市との合併が持ちかけられたのだ。周囲の市町村の大半が合併を受け入れる中、西粟倉村は合併することを拒否し、自立の道を選ぶ。
平成20(2008)年に村が掲げた 「百年の森林(もり)構想」は、「50年前の村民たちが子孫のために植えてくれた木を、あきらめずにあと50年育て続け、100年続く森林にして再び子孫に残すこと」を目指したプロジェクトだ。国の補助金と自前のファンドで資金を集め、その資金で森林の手入れを行う。ものづくりをする人材を他府県から募り、手入れによって出た間伐材で商品をつくり、それを販売して糧を得る――。そんな小さな経済の循環を村内に生み出すことで、すこやかな森林を取り戻し、持続可能な村づくりを進めようと、村役場、森林組合、山主、そして地域商社が中心となり、村ぐるみで構想実現に取り組んでいる。
目指すは2058年。ユニークなのは、一度は途絶えかけた村伝統の森林のバトンリレーが、血縁や村意識といった垣根を超え、地元の村民と移住者たちによって受け継がれようとしている点だ。森林に導かれて始まった、「自分がもう生きてはいないかもしれない未来」を見すえたものづくり。なぜこのような構想に辿り着くことができたのだろう。それを知るためには、まず日本の森林の現状について理解しなければならない。

緑深い山々に囲まれた西粟倉村

緑深い山々に囲まれた西粟倉村