1)眠れる日本の森林資源
前述したように、日本の森林は国土の約7割を占めている。そのうち、約5割が「天然林」、約4割が「人工林」だ(残り約1割は無立木地や竹林)。
天然林とは、文字通り、木が自然の力で発芽し、成長した森林を指す。日本の天然林は、そのほとんどがコナラ、ブナ、カバノキ、シイ、カエデといった広葉樹で構成されている。広葉樹は、成長は遅いが材質が堅くて傷つきにくく、木目も美しいため、主に住宅の敷居・框・床柱といった内装材や家具に使われる。また、密度の高いなめらかな紙ができることから、印刷用紙・筆記用紙・和紙などにもされる。そして、火持ちの良い炭ができるため、製炭用の材料としても重宝されてきた。
一方、人工林は、山にもともと生えていた木を伐採した跡地などに、ひとの手で種をまいたり、苗木を植えて育てた森林を指す。つまり、木材を経済的に生産するために植林した森林だ。香りや調温・調湿性にすぐれることから、日本ではスギ、ヒノキなどの針葉樹が伝統的に好まれ、植えられてきた。針葉樹は、成長が速くまっすぐに伸び、加工もしやすいため、主に住宅の柱・梁といった構造材に使われる。また、強度の高い紙ができるので、新聞用紙、包装用紙などにもされる。
今、その荒廃ぶりが問題視されているのは、後者の人工林の方である。荒廃といっても海外の森林のように違法伐採などによって禿げ山になっているのではない。日本の人工林は、木を密植することでまっすぐに育てるという植林方法がとられるが、苗木を植えてから15〜20年ほど経つと、成長した木々の枝葉が重なり合って日光を十分に受けられなくなったり、根を伸ばすことができなくなってくる。そこで、数年ごとに木を間伐して密度を調整し、残りの木を太らせていくというサイクルが必要になる。ところが、国内林業の衰退や山村地域の過疎化によって人手と費用が回らなくなり、多くの人工林が密植状態のまま放置されているのだ。放置された人工林は、鬱蒼とし、木の根は浮いてむきだしになり、土が滑って土砂崩れなどの災害を引き起こす。また、たとえ間伐しても、国内で木を使う機会が減り、間伐材の利用法も十分に普及していないことから、その木材の行き場がないのが現状だ。
日本の人工林は、藩政が廃止された明治時代から国有林・民有林を問わず植林が活発化し、戦争や災害、育林技術の変遷などによる紆余曲折を経ながら、徐々に拡大されてきた。特に大きな影響を及ぼしたのは、第二次世界大戦後の昭和20〜30年代に政府が行った「拡大造林」だ。軍需用の過酷な伐採により山が荒廃したこと、戦後の復興に向けて木材の需要が急増したことを受けて推し進められたこの急速な植林政策により、広葉樹の天然林が全国規模で伐採され、その跡地に、経済的なスギ、ヒノキ、カラマツなどの針葉樹が植えられて人工林に変わっていった。
また、電気・ガス・石油燃料の台頭で炭や薪が必要とされなくなったり、耕耘機や化学肥料の登場で農耕牛のエサや堆肥として下草が利用されていた里山の雑木林が役目を終えるといった時代の変化もあり、それらを支えていた天然林を伐採して、新たにスギ・ヒノキを植林する「造林ブーム」を加速させた。
昭和39(1964)年、急増した木材需要をまかない、高騰した価格の安定化を図るため、国は木材輸入の全面自由化を行う。が、皮肉にも、それが国内林業の衰退のきっかけを作ってしまう。価格が安く大量安定供給ができる輸入材が流入してきたことで、昭和55(1980)年あたりから徐々に国産材の需要や価格が低下。日本の林業は衰退の一途をたどる。その結果、林業を支えていた山村地域の人々は都会に就職せざるを得なくなり、それによって過疎化や高齢化が進み、放置される人工林が増えていった。
当時の拡大造林政策や国内林業のあり方については、さまざまな批判や反省とともに、その影響が検証されている。しかし今、とりあえずわかっているのは、その頃に植えられた多くの木々が収穫時期を迎えているということだ。日本の森林資源は、使われないまま眠っているのである。伐採=自然破壊というイメージがまだ広く信じられている傾向にあるが、それは主に発展途上国の違法伐採や過伐といった海外の森林事情であり、現在の日本の森林においては「伐(き)って使う」ことが急務なのだ。