アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#16
2014.04

岡山・西粟倉村 ものづくりから始まる、森林づくり、村づくり

前編 森林がつなぐ、これまでの50年、これからの50年
8)村の物語でつながる、村民と移住者たち

牧さんは今、西粟倉村で実践したことを生かし、もっとさまざまな地域でケースを積んでみたいと、岡山県津山市の阿波地区や京都府南丹市の美山町などの再生事業にも取り組んでいる。
ふと、牧さんにこんな質問をぶつけてみた。「このウェブマガジンでは、読者である学生が特集記事をふまえて、身近な地域で類似例を探してレポートにまとめる場合もあるのですが、よいレポートをつくるには、手始めにどんなことをするとよいと思いますか」と。

———お年寄りを何人かつかまえて、その方たちのライフストーリーを収穫するといいと思います。少なくとも3、4人、しかも一人2日間くらいかけてじっくり話を聴く。すると、その地域の大まかな筋が立体的に見えてくると思います。地域の歴史というのは、ひとの歴史であるわけです。地域をどうしていきたいかと展望を聞いても意見はなかなか出ませんが、そのひとたちがどう生きてきたのか、何を大事にしてきたのか、漠然と抱えている不安は何なのかという話なら、意外とすらすら話してくれる。その気持ちを自分に憑依させて、イタコになったつもりで、地域のひとたちの目でものごとを見る。そういうコンディションを自分の方につくれたら、彼らの心に届く話ができる。つまり対話ができるようになるんです。

この回答は、牧さんたちが西粟倉村の人々と向き合い、行ってきたことそのものを表しているのではないだろうか。
「地域には、捨ててはいけないものがあります」――。「百年の森林構想」が始動する際、そんな一文で始まる村の宣言文が発表された。その草案は牧さんがつくったそうだ。幾度にもわたるディスカッションの中で耳にしてきた、村の人々のことばを盛り込んだ宣言文。道上さんは一読するなり、「自分が思っている通りだ」と言ってくれたという。

———グループでヒアリングする時代はもう終わりだと思います。ワークショップより個々の話を丁寧に聞いていった方がいい。地域の文脈や物語を自分の中にちゃんとインプットして、地域のひとたちに「あいつには俺たちのことが一通り耳に入っている」と信用してもらえて初めて、自分のアイデアを聞いてもらえる。それができたうえで、ビジネスや経済の話もようやく始められるんだと思うんです。

目標がクリアな組織やプロジェクトは強い。しかし、その目標を的確に設定することが何よりも難しい。逆に言えば、本質を突いた目標さえ見つければ、プロジェクトの半分を終えたともいえるだろう。

ニシアワー製造所の乾燥工場で、製品になるのを待つ木材。思わず深呼吸したくなるような心地よい木の香りで満たされていた

ニシアワー製造所の乾燥工場で、製品になるのを待つ木材。思わず深呼吸したくなるような心地よい木の香りで満たされていた

———合意形成の機会は、実はそれほど多くないと思っています。いろいろなひとが集まって合意しようとすると、妥協はできるのですが、思いを共有することは難しい。このひとのことばや思いを中心に置くと、いろいろなひとの心が集まりやすい。そういう人物や言葉を探し当てることこそが大事だと思います。すべてのひとの思いをまとめるのではなく、重要なひとの重要な思いが反映されている。その思いを、僕らが、嘘はないように、しかし翻訳していかなければなりません。

その地域が何を大事にしてきたのか。その文脈、その物語を共有できれば、違う場所で育ってきた者同士、世代が違う者同士でも、一緒にものごとは動かせるのだ。
そういえば、現在は美作東備森林組合の代表理事を務める道上さんが、こんな野望を話していた。

———わたしが今いる森林組合の管轄は、西粟倉村から備前市までの約50kmに及ぶ森林です。間伐や搬出の補助金が国からどんどん出てますからね、今のうちに西粟倉村から備前市までの2万7000クタールの森林をひと通り手入れしたいですね。やることはまだまだあります。

今は村役場の保健福祉課で働く関さんも、笑いながら言っていた。

———うちはトンがった村だから(笑)。映画製作がしたいとか、銀行員になりたいとかじゃなく、森林に関わりたいひとしか住めない村だから。ここを選んで移住してきてくれた若いひとたちが、家族を持って、子育てできて、いきいき暮らせるよう、福祉の面からも助けられたらと思います。

次の世代のために、森林を守る。そのシンプルで、とても大きな目標が一人一人の足下を照らし、それぞれの立場で今できることを明確にしている。
「最近、山がきれいになりよったな」
合併拒否を決めたあの日から10年。そんな地元の人々の声が、今年になって、ようやく道上さんたちの耳に届き始めたそうだ。

今号では、主に行政側の立場から、西粟倉村の森林づくり、村づくり、ものづくりのあり方を見てきた。次号では、実際に村に暮らす村民や移住者たちの、等身大の声を聞いてみたい。

道端で撮影をしていたら、通りかかったおじさんが「あんたら、森の学校のひとかぁー」と声をかけてくれた。犬と散歩していた男の子2人組も「こんにちは」と挨拶してくれた。知らない顔を見かけても自然と会話が始まる土壌が村にはできている

道端で撮影をしていたら、通りかかったおじさんが「あんたら、森の学校のひとかぁー」と声をかけてくれた。犬と散歩していた男の子2人組も「こんにちは」と挨拶してくれた。知らない顔を見かけても自然と会話が始まる土壌が村にはできている

木の里工房 木薫
http://www.mokkun.co.jp/

ニシアワー
http://nishihour.jp/

西粟倉・森の学校
http://www.morinogakko.jp/

参考文献
『西粟倉村史 前編』(西粟倉村史編纂委員会)
『西粟倉村史 後編』(西粟倉村史編纂委員会)
『西粟倉村自治の歩み』(岡山県英田郡西粟倉村役場総務課)
『日本の森林 ―国有林を荒廃させるもの』(四手井綱英/中央公論新社)
『日本林業はよみがえる ―森林再生のビジネスモデルを描く』(梶山恵司/日本経済新聞出版社)
「森林・林業学習館」http://www.shinrin-ringyou.com/

取材・文:姜 尚美
編集者、ライター。出版社勤務を経て、現在はフリーランスで雑誌や書籍を中心に執筆活動を行う。
著書に『あんこの本』『京都の中華』、共著に『京都の迷い方』(いずれも京阪神エルマガジン社)。

写真:森川涼一
1982年生まれ。写真家。2009年よりフリーランスとして活動する。
人物撮影を中心に、京都を拠点とし幅広い制作活動を行う。