アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#16
2014.04

ものづくりから始まる、森林づくり、村づくり

前編 森林がつなぐ、これまでの50年、これからの50年 岡山・西粟倉村
7)賃貸世代の心をつかんだ「ユカハリ・タイル」

森の学校の「バイテン」には、ニシアワー製造所がつくった大ヒット商品も並んでいる。村の間伐材を使ったユニット床材「ユカハリ・タイル」だ。
スギやヒノキの間伐材で組んだ50cm×50cmの正方形の板裏に遮音シートを貼り付けたもので、1セット8枚(約1畳分)で販売されている。一般のマンションのフローリングは、樹脂などで木の表面が塗装されているものがほとんどだ。傷や汚れはつきにくいものの、樹脂の床を歩いているようなもので、実際に木としては呼吸していないに等しい。そこで、マンションでも木の心地よさを味わってもらおうと編み出されたのがこの商品だ。牧さん曰く、賃貸住宅に住む若い世代を中心に人気が出ているという。

———今の20代、30代のひとに持ち家を買うというイメージはもはやほとんどありません。一生賃貸住宅で暮らしていこうというひとが大多数です。つまり、木材加工屋さんが新築一軒家のお客さまとして見なしていなかったひとたちに向けた商品がユカハリ・タイルなんです。置くだけで心地いい無垢の床がつくれて、しかも引っ越すときに一緒に持っていけて、賃貸でも自分たちにとって気持ちのいい空間をつくることができる。そういう特性が彼らにフィットしたんだと思います。

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 ニシアワー製造所が開発した間伐材の床材「ユカハリ・タイル」。10cm幅の板を5枚貼り合わせてあるので、裏の遮音シートをカッターで切るだけで簡単にサイズ調整できる。材質はスギとヒノキの2種。色味もいくつか揃うので、部屋の雰囲気に合うものを選ぶことができる

ニシアワー製造所が開発した間伐材の床材「ユカハリ・タイル」。10cm幅の板を5枚貼り合わせてあるので、裏の遮音シートをカッターで切るだけで簡単にサイズ調整できる。材質はスギとヒノキの2種。色味もいくつか揃うので、部屋の雰囲気に合うものを選ぶことができる

また、IT企業のオフィスの内装材としても需要が高い。

———彼らは仕事柄、オフィスにいる時間が長いので職場環境に敏感です。企業の成長速度も速いので、たびたび事務所を引っ越すことになっても、これだと簡単に現状復帰ができる。それに、こんなかたちで森林再生に貢献している企業だとわかれば、その部分に共感してくれるような志の高いスタッフも集まってきやすくなるかもしれません。

森の学校の広報・ツアー企画を担当する坂田憲治さん

森の学校の広報・ツアー企画を担当する坂田憲治さん

実は当初は、お客さんの要望に沿って間伐材のフローリング板をカットして販売する予定だった。ところが、ひとによって採寸の精度がまちまちでうまく軌道にのらず、2年の試行錯誤の末、現在のかたちに収まった。自身も京都からの移住組で、現在は森の学校の広報やツアー企画を担当する坂田憲治さんによれば、正方形に整える際に出る、端材も無駄なく使っているという。

———香りの強いヒノキの端材はピンバッジなどに、香りの少ないスギの端材はワリバシに加工しています。ワリバシは村内の小・中学校や旅館、飲食店などで使ってもらったり、販売したりしているのですが、使用済みのものはできるだけこちらで回収して、ニシアワー製造所の木材の乾燥ボイラーや事務所のストーブの焚き付けに使うなど、最後まで使い切るようにしています。

節や曲がりの多い間伐材をワリバシにするのは、実は技術的に困難なことなのだが、研究を重ね、独自に機械までつくってしまった。

———でも、なかには、その機械でもワリバシにできない端材があるんです。昨年、それを1本1本貼り合わせて50cm×50cmの板状にし、「ユカハリ・タイル ワリバシ」として売り出しました。目が細かいのでスギの赤白の色味が引き立って美しく、汚れや傷も目立ちにくいので、ショップなどのひとの出入りが多い場所に人気です。

ワリバシにもできない端材を無駄にしないためにつくり始めたものだったが、今ではワリバシそのものより「ユカハリ・タイル ワリバシ」の方が人気が出て、生産が追いつかないそうだ。

スギ材のユカハリ・タイルの端材を使った無漂白・無着色・防カビ剤不使用のワリバシ。スギは材質が柔らかいので、強度を上げるために独自のフォルムを開発した

スギ材のユカハリ・タイルの端材を使った無漂白・無着色・防カビ剤不使用のワリバシ。スギは材質が柔らかいので、強度を上げるために独自のフォルムを開発した

 「ユカハリ・タイル ワリバシ」のオフィス施工例(株式会社 西粟倉・森の学校 提供)


「ユカハリ・タイル ワリバシ」のオフィス施工例(写真提供:株式会社 西粟倉・森の学校)

意外なことに、森の学校では、商品開発のための市場調査は行わない。基準となるのは「自分たちがほしいものかどうか」だ。凝り固まってしまった林業業界における常識を打ち破るため、スタッフにはあえて林業とは異分野の仕事に就いていた人を起用する。その代わり、「失敗するチャンスを奪わないようにします」と牧さん。

———森の学校を立ち上げた最初の2年の赤字額というのは、それは大きなものでした。木は乾燥させなければ加工できないということすら知らない26歳のスタッフに、村の大工さんとモデルハウスを2棟、建てさせたりしていましたから。でも、従来のやり方ではうまくいかないから何か新しいことをやってみようとしているわけです。その時に、あらかじめ失敗しないよう予防することは、あまり意味がないと思うんです。誰もやったことがないことに飛び込んで、自ら学ぶからこそ意味がある。

最近は、「調理用の鹿肉を販売したい」「自然体験系のインストラクターがほしい」「養蜂女子がいたら面白いね」などと言い合っているそうだ。

———この春には、スギとヒノキで楽器をつくるおじさんが村に移住してきます。まだまだ僕らが思いもよらない木材加工の分野がたくさんあると思っています。

今は劣性木間伐を続けている森林も、本格的に幹が育てば、昔のように自伐型林業(山主が自分で林業を行うこと)も復活できるかもしれない。また、森林は木質バイオマス・エネルギーの可能性も秘めている。

———小さな場所で、小さなチャレンジをつみ重ねていけば、何とかなる地域はまだまだあると思っています。ただ、単発のチャレンジに終わらせないためには、行政の力も必要になってくる。西粟倉の場合は、当時の村長だった道上さんがすべて僕らにまかせてくれたことが非常に大きかったと思います。でもやはり、何もかも投げ出して俺がやるんだと始めた國里さんというひとが、行政や僕らを動かしたんだと思う。こんなことができるんじゃないかな、と思いを持っているひとが一歩踏み出すこと。それが、その地域の今後を左右すると思います。今、全国的にも地域で起業する事例がたくさん出てきています。西粟倉はちょっとだけ先行していますが、仕事は自分でつくるんだという若いひとが、これからどんどん増えてくるはずです。