8)時を経て、再び観るということ
ジグシアターを始めて5年が経とうとする時期に、柴田さんと三宅さんはふたたび、ホン・サンスを上映した。今回は「ホン・サンスの5年/10作品」と題した特集上映である。時間をおいても、『逃げた女』は面白かった。
三宅 5年もやっていると、一度上映した監督の次の作品を届けることができる機会が増えました。そんななかでも、5年間に10本というホン・サンスの制作ペースは驚異的です。新作まで含めて複数本をまとめて観ることで、『逃げた女』に新たな発見が生まれたりしますし、単純に1本だけでも時代の変化や自分が年齢を重ねたことで見え方が変わってきます。
5年前のこけら落としだから、せっかくだし観るわという方もおられるし、5年前に観たけど、全然憶えていなかったからもう 1回見るとか。あの時は思わなかったことに気づいたとか、時間が経って何回観ても、面白いものだと思いました。
そういう体験を重ねていけるのは、ひとつの映画館を続けている面白さのひとつだなということを感じています。
柴田 映画とか文化というものは、本当にタフなんだと思います。そもそも、映画が本当に持っている力がある。観ていただけたら何かを感じるのではないかと思うものだけをかけていけば、いいんじゃないかなと思っています。
映画を観終わっても、映画は続く。時間の蓄積があってこそ、ひらける景色がそこにある。
ジグシアターだからこそできる映画とのかかわりは、これからも深まっていくのだろう。柴田さんと三宅さんの生活のなかで、楽しくやれる範囲を保ちながら、ジグシアターは営まれている。

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汽水空港、HAKUSEN、そしてジグシアター。
3つの店と場所を通していちばん実感したのは、それぞれがやりたいと思うことを、それぞれらしく続けている、ということだ。何かに、誰かに依りかかることなく、そして誰かに無理させることなく。そうした文化的な場所が同じ地域にいくつかあることは、訪れる人たちにとってもうれしいことだ。そして、行く行かないにかかわらず、それらがあることの厚みは、頼もしい。
山形県出身、京都市在住。写真家、二児の母。夫と一緒に運営するNeki inc.のフォトグラファーとしても写真を撮りながら、展覧会を行ったりさまざまなプロジェクトに参加している。体の内側に潜在している個人的で密やかなものと、体の外側に表出している事柄との関わりを写真を通して観察し、記録するのが得意。 著書に『ヨウルのラップ』(リトルモア 2011年)
http://www.naritamai.info/
https://www.neki.co.jp/
1992年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2020年より滋賀在住。著書に『しゃべって、しゃべって、しゃべクラシー! 憲法・選挙・『虎に翼』』(タバブックス)。
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、言葉や本に関するワークショップや展示、イベントなどを行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本–京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。青幻舎のサイトにて『女性と工芸』連載中。滋賀県陶芸の森評議員。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。
https://note.com/seigensha/m/m03df2469f0f4


