アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#156
2026.05

シネマと本とパンと まちの「あいだ」を潤す

2 カフェ「HAKUSEN」 鳥取県東伯郡湯梨浜町

1)汽水湖のほとりで 目的地となる場所を 

汽水湖に張り出すように佇むカフェ。HAKUSENはこのまちの美しさをダイレクトに体感できる店ではないだろうか。訪れた日はグレイの曇りで、湖面は憂いを帯びているようにもみえて、どこか詩的だ。晴れだと湖面は緑にみえるのだという。穏やかな景色は海につながっていると思うと、遠く旅するような、おおらかな気分になる。
HAKUSENはまた、とても真っ当な店でもある。店内はどこをとっても清潔で、気持ちよく整えられ、調和している。木のテーブルと椅子、照明などのインテリアも、やわらかくなじんでいて雰囲気があるそして何より、コーヒーとお菓子がとてもおいしい。地元の素材を使ったスコーンやチーズケーキなども、しみじみ味わい深い。

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小島毅さん

店主の小島さんは大阪出身。湯梨浜町にやってきたのは十数年前になる。鳥取県大山でカフェをやりたかったが、なかなか叶わない頃だった。

———そこにある美術館がすごく好きで。何度も行って、時間をかけて観るんですが、カフェなどの休める場所がない。なんてもったいないんだろうと、運営している自治体に話をしたんです、なかなか話が進まなかった。

小島さんは10代からカフェが好きで、大山を目指す前、30代の頃に栃木県・那須塩原の伝説的なカフェ「1988 CAFE SHOZO」で働いていた。カフェブームが始まる前、何もない不便な場所に店主がひとりでつくった店だ。そこを離れてどこかで店を持とうとしたときに、よく行っていた鳥取ちょうどいいと思うようになったという。生まれ育った大阪に戻って店をやるつもりはなかった。

———大阪でお店をしたら、待っているのは競争だけかな、という感じがしたので。それは自分には向いていない、と。等価交換をしてもらうのがすごく難しい文化というか、いいものをいいと言ってもらうのに、時間がかかる土壌だというのがあって。自分が栃木で培ったものを発揮するには、カフェなどがないところにつくるほうがいいかなと。
それに都市部だと、不特定多数の方を相手にすることになって、目的地じゃないお店に入りますよね。どうせ来てもらうなら、目的地にしてもらうほうがいいですから

大山がうまく動かなかった後に、鳥取県中部にいる物件マニア」として知人に紹介されたのが、湯梨浜町の複合スペースたみにいたデザイナーの三宅航太郎さんだった。

———どうしようもないな、と途方に暮れていたときで、三宅さんに連絡を取ったら、「じゃあ明日物件ツアーしましょう」って言ってくれたんです。
大山で遅々として進まなかったことが、そのスピード感で進むのが、すごく嬉しくて、ありがたくて。何したいのとか聞いてくれるんだ、と思って。その次の日に、見て回ったうちの空き家の一軒がここだったんです。蔦が絡まった廃墟のようで、ボロボロだったんですよね。でも、入った瞬間に、ここしかないと思って、すぐに借りることに決めました。

そこから、小島さんの行動は早かった。店をつくというよりは、ゴテゴテしたものを全部取りのぞき、わずか数ヵ月でHAKUSENを開いた。

———この周囲にはないものを自分は作るはずだ、という確信があったので、迷いはあんまりなくて。集客に関しては深く考えませんでしたが、鉄道がある限り来てもらえるだろう、みたいな感覚はあったんです。働いてた栃木のお店も、もともと何もないところにつくって、全国から人が来てくれるようなお店になったのを見てきてたので。最初はスタッフもいなくて、自分ひとりで始めました。

当時の小島さんの判断と行動の早さに驚くけれど、10年以上が経ち、数多くのスタッフが働く店となっても店がほとんど変わっていないということにもっと驚くゆるぎないビジョンはどこで培われたのだろう。