4)民間の建物活用を促す行政の制度
調査から判明した建物の価値をいかに生かし、次世代へと引き継ぐか。喫茶店経由で培われた洋館愛好者たちのネットワークは、続いてはじまった改修プロセスにも、大きな力をもたらした。
その1つが、改修にあたり2つの補助金を利用できたこと。神戸市による「建築家との協働による空き家活用促進事業」と兵庫県による「古民家再生促進事業」だ。いずれも数百万円規模の補助金額を保証する頼もしい制度だ。
しかし補助金を利用するには審査もある。誰もが利用できるものではない。そこで酒井さんは九郎右ヱ門珈琲店に「旧室谷邸」のリビング壁面パネルを譲り受ける際に知り合った建築士・津枝勝見さんに協力を求めた。津枝さんは「ひょうごヘリテージ機構 H²O」の代表世話人で、文化財建造物のプロフェッショナルだ。
ひょうごヘリテージ機構 H²Oとは、兵庫県のヘリテージマネージャー養成講座を主宰する団体。ヘリテージマネージャーとは地域の歴史的文化遺産を発見、保存、活用する人材のこと。2022年時点で46都道府県で実施されている養成講座を、兵庫県は2001年に全国ではじめて開始した、ヘリテージマネージャー制度の先駆けである。ちなみに中尾さんも2017年に第14期ヘリテージマネージャー養成講習会を受講したヘリテージマネージャーだ。中尾さんは振り返る。
———津枝さんが専門家として歴史も踏まえてハード面の保存改修法を考えてくれて、私はどちらかというとヒストリー側から、補助金の審査資料の裏付けを考えました。ハード面を担えるヘリテージマネージャーが関わってくれたのは、垂水五色山西洋館にとって大きかったと思います。
施工は林工務店が担った。大々的な保存活動が展開されながら、2014年にあえなく解体された塩屋の洋館・旧ジョネス邸の部材や備品の回収作業を担った地元の工務店で、酒井さんはその保存活動を通じて知り合った。そして文化歴史遺産を顕彰する神戸市による制度「神戸歴史遺産」の申請などでは、喫茶店のネットワークを経由して紹介された神戸シティ・プロパティ・リサーチという歴史的建造物の保存活動をサポートする準公的組織の専門家派遣のバックアップも受け、県や市の助成に必要な耐震診断や現況平面図などの準備を円滑に進めることができた。

「神戸歴史遺産」の認定証

中尾さんが所蔵する『神戸市内の近代洋風建築』(1984年)と、そのリストを元に中尾さんが1990年代に集めた近代建築の記録集。リストになかった当時の垂水五色山西洋館も発見し撮影した

2階の窓のステンドグラスはかつて垂水にあり1987年に解体された洋館「旧四本萬二邸」にあったもの。酒井さんが縁あって譲り受けた

1階居間。継承前はLDKと洋室として区切られていたが、今回の改修でコンサートなどが開けるようにつないだ。オリジナルの仕上げが残っていなかった壁や床は断熱材や構造用合板を入れた上で張り替えた