5)神戸の文化財活用ヒストリーを受け継ぐ
こうしてみると垂水五色山西洋館は、ヘリテージマネージャー制度や充実した補助金制度など、古い建物の保存活用の支援制度を駆使して実現されたことがよくわかる。なぜこのような土壌が、神戸には存在するのか。建物の保存活用の歴史をよく知る中尾さんは語る。
———民間の所有者を行政が陰ながらバックアップする土壌はあるのかもしれません。背景には神戸では、阪神淡路大震災で歴史的建造物を含むたくさんの建物がダメージを受けた後、住民と行政が協働しながら復興まちづくりを推し進めた経験の蓄積があったことが、プラスになっていると思います。民間と役所が線引きせず、同じ目的、同じ方向で活動する傾向が強いのです。
それに加えて神戸では、行政に頼らずに民間の力で洋館を活用してきた先人たちの活動が息づいている。特によく知られているのが塩屋の「旧グッゲンハイム邸」だろう。存続の危機にあった洋館を2007年、近隣に暮らす森本家が私財を投げ売って購入し、貸し会場として活用がなされている、民間による洋館活用の金字塔だ。
酒井さんも「特に感謝しているのは旧グッゲンハイム邸の森本アリさん」と、尊敬の念を隠さない。
———こんなふうに洋館を使えたらいいのにな……と僕が夢に描いたような世界をはじめて実現されたのが、森本アリさんです。塩屋は旧グッゲンハイム邸の存在があって、すごく魅力的な街になっていることは間違いないと思います。
酒井さんは「塩屋の方があんなにがんばって街の魅力も高まっているのに、隣の垂水が歴史のない街みたいに見られるのは寂しい」と続ける。
———だから五色山西洋館はただの個人邸としてではなく、地域に開きながら活用していきたいんです。垂水の宝になるように。
酒井さんは洋館でクラシックやジャズの演奏会を開いたり、ワークショップや教室、映画のロケ先として貸し出したり、改修が終わって間もない時期から積極的に、場所を開放している。九郎右ヱ門珈琲店から洋館好きのネットワークが広がっていったように、この場所からさまざまな活動の輪が広がっていくことだろう。そしてかつて名士の別荘街が広がっていた垂水の記憶がこの場所を起点に掘り起こされ、重層的な魅力が発信されていくことを楽しみに待ちたい。

九郎右ヱ門珈琲店に飾られた洋館の写真群。中央下は「旧グッゲンハイム邸」の昔の姿
ライター、編集者。ぽむ企画主宰。京都大学大学院地球環境学堂技術補佐員。雑誌やウェブメディアで建築やまちづくりに関する記事を企画・編集・執筆。京都・浄土寺でシェアスペースCoffice(コフィス)運営。編著作に『空き家の手帖』(学芸出版社)、『ほっとかない郊外』(大阪公立大学共同出版会)など。https://pomu.tv/
写真家。1989年生まれ。大阪市在住。 写真館に勤務後、独立。ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本–京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。