アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#139
2024.12

時を重ねた建物を、ひらきなおす 3つの洋館

2 愛あるネットワークで息づく、地域の宝 神戸・垂水五色山西洋館

3)洋館愛のネットワーク 歴史と価値が明らかに

酒井さんの熱意と、知識や経験、そして経営する喫茶店から育まれた縁で、継承に至った垂水五色山西洋館。まず検討すべきことは、1917年築の洋館をいかにその価値を生かしながら改修するかということだ。そこで欠かせない存在となったのが、洋館を愛好する仲間たちの協力だった。かつては個人的な趣味の範囲で洋館の絵葉書収集などをしていた酒井さんだが、喫茶店を通じたコミュニティや洋館に関連するイベントへの参加、そしてSNSを通じて、徐々にネットワークが広がっていった。

心強い協力者となった1人が、中尾嘉孝さんだ。中尾さんもまた、酒井さんと同じく専門家ではないが建築が好きで、「追っかけ」を自認し、神戸の建築や町並みの調査、そして近代建築の保存活動に関わってきた。中尾さんは今の「垂水五色山西洋館」の存在を1990年に認識して、以来気にかけていたという。

240922_IMG_0233_NK

中尾嘉孝さん

———私は15歳の頃に近代建築の魅力にはまり、垂水五色山西洋館にあたる建物のことは大学2年生の頃、『神戸市内の近代洋風建築』(1984年)という神戸市教育委員会による刊行物のリストに掲載されていた建物を1軒ずつ確認するというチャレンジをしている際に、偶然見つけました。当時は、近代洋風建築に関するあらゆる刊行物に、全く掲載されていない建物でした。

四半世紀を経て中尾さんは酒井さんと2020年、Facebookでの洋館にまつわる情報交換を通じて知り合い、やがて洋館に対する愛情や造詣の深さから意気投合。垂水五色山西洋館の不動産情報が上がったときも真っ先に連絡し合った。また酒井さんは中尾さんの見識を頼りにしており、購入準備をしていたときも建物価値に対する見解を確認したそうだ。
そして無事に土地と建物が引き渡されたあと、中尾さんは建物の歴史やその価値の検証作業に入った。地方法務局で旧土地台帳を確認し、さらに図書館で『日本紳士録』を調べることで、寺西成器という、三菱合資会社大阪支店長等を歴任した後に大阪商船(現・商船三井)取締役を務めた人物が当初の所有者であったことを突きとめた。

また中尾さんは建物の観察と寺西成器の経歴から、同じ1917(大正6)年に北九州に完成した「旧大阪商船門司支店」とも相通じる意匠的特徴も見い出した。

———階段室の構成が「門司支店」にきわめてよく似ているんです。応接室天井の換気口の格子や網代飾り、1階居間の竹を一部用いた笠木も特徴的です。外観は前所有者によってスパニッシュ風に改装されていますが、実際にはドイツ壁仕上げで、セセッション風の直線的なデザインを特徴とする建物です。たとえば「門司支店」や「垂水五色山西洋館」は、窓を縦長プロポーションの三連続で構成していることが多いのですが、これはセセッション風の建物によく見られる特徴でもあります。

セセッションとは19世紀末、歴史様式からの分離をめざしてウィーンを中心に起きた芸術運動で、分離派と訳される。日本でも大正〜昭和初期に流行したが、垂水五色山西洋館のようにインテリアの細部にまで特徴を残す建物は関西圏では珍しいと中尾さんは言う。文献と現地での観察、そして蓄積した知見に基づく探偵さながらの調査分析により、洋館の文化財的な価値が見えてきた。

240922_IMG_0382_NK

南面正面1、2階の窓が三連続で並んでいる。セセッション的建築デザインの特徴の1つでもあるという

240922_IMG_0144_NK

吊り構造で支えられた踊り場が特徴的な階段。親柱や手すり子に雷紋を配した幾何学的な装飾が施されている点がセセッションらしいとのこと。低い蹴上げのゆるやかな階段は、前所有者の妻にあたる高齢のおばあさまも杖なしで上られていたそう

天井の縁の網代仕上げによる和洋折衷の表現。隅には換気口を組み込んだ格子状の天井装飾も。いずれも珍しい形式の装飾だと中尾さん

天井の縁の網代仕上げによる和洋折衷の表現。隅には換気口を組み込んだ格子状の天井装飾も。いずれも珍しい形式の装飾だと中尾さん

これも珍しい和洋折衷表現。巾木の目地を竹でカバー

これも珍しい和洋折衷表現。巾木の目地を竹でカバー

「三菱合資会社設立当時の幹部」と説明書きがなされた写真より。中段左から4番目が岩崎久弥で、その右が寺西成器。岩崎家からの信頼が伺える

「三菱合資会社設立当時の幹部」と説明書きがなされた写真より。中段左から4番目が岩崎久弥で、その右が寺西成器。岩崎家からの信頼が伺える

酒井さんと中尾さん。建築のことを語り出すと話が尽きない。中尾さんの背後にあるステンドグラスは、オリジナルと推定されるもの

酒井さんと中尾さん。建築のことを語り出すと話が尽きない。中尾さんの背後にあるステンドグラスは、オリジナルと推定されるもの