アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#136
2024.09

食文化を次代につなぐ 女性たちの、生きる知恵

2 津軽あかつきの会 「かっちゃ」の台所 青森県弘前市(津軽地方)
6)受けとり、受けわたす 食の底力 

一見バラバラなメンバーだからこそ、笑い合うことがクッションになり、おしゃべりで息を通わせる。台所にいるときには目の前の料理の話もするが、他の話題のほうが多い。どの市場にどんな食材が出ていたとか、この食材こんな調理方法や下処理がいいよ、と。そうした何気ない会話でお互い情報共有しながら郷里の味を学ぶ。誰が先生・生徒ということもなく上下関係も曖昧で成り立っている理由は、工藤さんが話すのと同じように「仕事ではないからできること」。メンバーたちも頷きながら話す。

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副会長の森山さん

———仕事だとどうしても上司の命令に従わないとだめじゃないですか。「これやって、あれやって」って指示を出されて。ここは仕事じゃないんで、それぞれ「今日わたしこれつくってみたいな」ってものをつくってみて、その最中にわからないことを教えたり、聞いたりして、覚えていく。たまには、真剣に「どうだろ? どうだろ?」って話すときもあるんですよ。でも、それはそれでまた笑って返してやる。そうしないと場を丸くもっていけないので。(森山さん)

「そう、真剣にしすぎたら長続きしないし」
 「今日も笑っちゃいけないんだけど、炊飯器のことで笑いました」
「そうなの。今日のご飯、炊けたら一回ボウルにとって、お醤油回してまた炊飯ジャーに入れるんだけど、入れようと思ったら、おお、ない!?って」
「気が利く人がいたんだよね」
「そう、洗ってしまっていた……」
「この人は気が利きすぎでね。ものがあれば洗わなくちゃいけないんだべさ」
「ねえ、わたしいびられてない?」
「わたしたち、報酬をいただいてないのでやっていける。これが賃金もらってたら『どった、あの人?』って。仕事になれば、洗って拭くって、使った水道、それ無駄になったよってなる」
「ごめんなさい!」(一同大笑い)

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失敗やちょっとしたトラブルも、台所では楽しい話の種だ。でも、楽しいのは台所だけではない。食事会をひらきお客さんと話すことで、刺激を受けることもたくさんある。そうして得られるやりがいがある。お客さんのなかには「初めて食べる料理なのに、いろんなことを思い出す」という人や、「お母さんはこうやって苦労して食べさせてくれたのか」と感じ入って話してくれる人もいる。

———今日も埼玉からわざわざ来てくれた家族が、「お母さんがこの料理食べたら、元気になって帰れる」って娘さんが話してくれました。お母さんは本当に弱々しかったのさ。でもそんな言葉をかけてもらって、わたしたちはお金以上に得るものがある。(森山さん)

ばっちゃの思いは確かに会の一人ひとりに伝わっている。「お金を目的としない」と話す工藤さんと同じように、かっちゃたちも食事会で受け取る代金についてどこか遠慮がちだ。会長や一緒に立ち上げてきたばっちゃたちの気持ちは、何にも代え難いものがある。本来ならお金を介さず活動を続けたいが、この会を大事にしたいから仕方なく、最低限の経費のために代金を頂戴しているよう。決して活動を絶やさないために、これは「宝の会」なのだから、と話す。

———もとはと言えば隣近所のおばちゃんが集まって、なにか行事ある毎に料理つくってて、そのなかでつくり方を何の気がなくても覚えてきたもの。今はそれがなくなってるんで、やっぱりこういう会は必要。この会の大事さっていうのは人のつながり。例えば昔は山菜はどこでもとれたんだけど、今では手にいれるのも大変。けど、知り合いをいっぱいつくっておけばこうやって「とれたよ」って分けてくれる。それもまた人のつながり。ひとつひとつが意味あるもんだなって思います。市場に出ている山菜だと、ちょっと古くなってるじゃないですか。でもつながりがあれば「今日採ったよ」って。だからお金で買えるものでもない。すぐにとったものが調理されると、味も全然ちがってくるので。なかなか言葉では言い表せないんけど、今の若い人には、自分だけでなくてやっぱり友達も仲間も必要だよってことをわかってほしいなって。(森山さん)

食事を終えたお客さんが帰るときは必ず玄関までお見送りをし、賑やかだった台所をみんなできれいに片付けをして15時には解散する。森山さんが話すように、あかつきの会は大きな家族のような集まりに見える。笑いの絶えない女性たちの大家族。会を立ち上げたパイオニアである上の世代から受け継いできたレシピを、かっちゃは下の世代に伝えてゆく。それぞれが得意とするところを率先して生かして、笑い合って過ごせるよう動いていく。そうして、ひとりひとりがしっかりある「みんな」が屋台骨になっているからこそ、あかつきの会の活動はたゆまないものになっている。

最終回となる次号では、あっちゃを取り上げる。若い世代からの視点で、つなぐことについて迫りたい。

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津軽あかつきの会
https://tsugaruakatsuki.wixsite.com/tsugaru-akatsuki
取材・文:浅見 旬(あさみ・じゅん)
編集者、ライター。デザインスタジオ〈well〉所属、古物らの店〈Goods〉ディレクター。作家と協働したアートブックの制作・出版のほか、文筆も行う。
https://www.instagram.com/goods_shopp_/
写真:成田舞(なりた・まい)
山形県出身、京都市在住。写真家、二児の母。夫と一緒に運営するNeki inc.のフォトグラファーとしても写真を撮りながら、展覧会を行ったりさまざまなプロジェクトに参加している。体の内側に潜在している個人的で密やかなものと、体の外側に表出している事柄との関わりを写真を通して観察し、記録するのが得意。 著書に『ヨウルのラップ』(リトルモア 2011年)
http://www.naritamai.info/
https://www.neki.co.jp/
編集:浪花朱音(なにわ・あかね)
1992年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2020年より滋賀県大津市在住。
ディレクション:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。