2)下処理に手をかけ、隅々まで使いきる
家庭料理には、大胆にフライパンを振ったり、鮮やかな包丁使いで目を引くような工程はない。細やかに無駄をひとつも出さず、味をよくしていくため妥協せず、調理時間の大方は下処理に充てられる。
ネマガリダケは、包丁で切り目を入れてクルッと、何層もの皮を丁寧に剥いてゆく。すると、ただでさえ小ぶりなところ皮を脱がせたら食べられるのはほんのわずかだ。サメは湯がいてから薄皮をきちんと剥いですり鉢ですりつぶす。きれいなクリーム状に、なめらかな舌触りになるまでする。山菜のミズは、細かく筋を取り除いてゆく。そのとき山菜特有のアクで指先が黒く染まるが気にしない。ヤツアザミに和える酢味噌は、少ない味噌でも香り豊かになるようにすり鉢ですりながら調味する。大鰐温泉もやしのひげは、1本残らず丁寧に始末する。取り除いたひげすら、別の料理につくり変えてしまう。かっちゃたちが食材に手を入れる毎に、そこかしこで新鮮な素材の香りが匂い立つ。
彼女たちが料理をするその手元は、昔ながらの手さばきだ。現代的な、「時短」な調理器具に頼らず、知恵と技術を持って食材と向き合っていく。いたずらに手をかけ、時間をかけているわけではない。時間をかけて食材と接し、細かな工程を踏むことで料理をつくってきた先人たちに思い馳せ、知恵を体感する。再現したいのは、その味だけではなく精神性も。味をつなぎ、思いをつなぐ、あかつきの会の真髄だ。