(2026.06.05公開)
工芸の仕事をするようになってから、私はいろんな場所へ行くようになった。
長い歴史を持ち、土地に根ざしたものづくりである工芸が、時間や空間を超えて自分を運んでくれている。そう言うと少し大袈裟かもしれないが、実際にそんな感覚がある。

工芸に関わるようになってから、できるだけ多くの現場を見ておきたいと思うようになり、とにかく職人さんたちの工房を訪ね、全国で開催される伝統産業に関わるイベントや展示会、工芸的な文脈のものを取り扱うショップへも通い歩いた。それまで関わっていた音楽やアートの現場に足しげく通ったように。
理由は2つあった。ひとつは尽きない興味への探究。そしてもうひとつは、自分自身に「工芸を見る目」を持ちたかったからだ。
当時の私は、若手職人の育成プログラムを運営していた。職人たちが制作以外に必要とする学びや、人とのつながりをコーディネートする役割で、各地の現場で見聞きしたことを、背景や文脈とともに伝えられるようになりたい。そう感じていた。
5年ほど経った頃、「KYOTO CRAFTS MAGAZINE」というメディアを立ち上げることになった。そこから、さらに多くの工房や産地へ取材に行くようになった。
取材にはライターやカメラマンが同行した。そこで私は、「カメラ」という装置の存在に出会った。
それまでの私は、工芸を“情報”として見るようにしていたのだと思う。産地の課題、流通、売り方、人材不足。もちろんそれらは大切だが、どこか表面をなぞっている感覚もあった。
けれど、ライターやカメラマンとの取材活動を重ねるうちに、同じ現場に立ちながらも、それぞれが別の焦点で工芸を見つめていることに気づき始めた。
職人の手の動き。工房に差し込む光。削られた木の粉が積もる床。道具の置かれ方。会話の間。沈黙。そこに流れる空気。
カメラは、そうしたものに焦点を与えていた。

その後、自分でもカメラを持つようになった。すると、これまで何度も訪れてきた場所に、別の時間が流れていることに気づき始めた。
工房の隅に積もる木の粉や、使い込まれた道具の艶、職人の背中に残る沈黙のようなもの。
それまで通り過ぎていた風景の奥に、土地と人が積み重ねてきた時間の層が、ゆっくりと浮かび上がってきた。
カメラは、単に記録する道具ではなかった。自分の視点を育てる道具だったのだと思う。


その感覚を、私は能登で強く感じている。
震災後、私は3ヵ月に一度ほどのペースで能登へ通うようになった。輪島や珠洲には、漆や木工、陶芸など、工芸に関わる人たちが多く暮らしている。
初めて訪れた時、崩れた家々の景色に言葉を失った。人の気配がほとんどない地域もあった。ようやく生活や仕事を立て直し始めた矢先に豪雨被害まで重なり、「さすがに心が折れたよ」と話してくれた人もいた。
それでも、ものづくりを続けている人たちがいる。
仮設工房で漆を塗る人。失った道具を少しずつ揃え直す人。祭りを復活させようと動く人。土地を離れる決断をした人。そして、その人たちを見送る人。


私はカメラを持って、その姿を見つめている。
何か特別な写真が撮れるわけではない。
けれど、同じ道を何度も走り、同じ海を見て、同じ人たちの声を聞いているうちに、少しずつ風景の解像度が上がっていく。復興という大きな言葉の裏側で、人がどう暮らし、何を諦め、何を残そうとしているのか。


工芸とは、器や技術だけではなく、その土地で暮らし続けようとする人の時間そのものなのだと、能登に通うたびに思うようになった。
輪島では、公費解体が進み、かつて建物が並んでいた場所が空き地になっていた。初めて訪れる人には、ただ静かな町に見えるかもしれない。でも、そこに暮らしていた人たちには、確かに積み重なった時間がある。
一方で、蔵に眠っていた輪島塗の器を救い出そうとする動きがあったり、宿や飲食店が再開し始めたりもしている。少しずつ、新しい時間も流れ始めている。


工芸は、土地の歴史や自然と深く結びついている。
輪島塗に使われる「地の粉」も、かつて海だった土地が、長い時間をかけて育てた恵みだと聞いた。
ものづくりとは、人が自然に抗いながら生きることではなく、その土地の時間の中に身を置き続けることなのかもしれない。
能登へ通うたび、私はそのことを深く考えるようになった。
カメラを持って能登へ通う中で、私はようやく、自分にできることを少し見つけ始めている気がする。
観察すること。記録すること。伝えること。
小さな役割かもしれない。でも、遠くから消費するのではなく、長く関わり続けることならできる気がしている。
次は、キリコ祭の頃にまた行こうと思う。あの雨の中、笛と太鼓の音に合わせて進むキリコの光景が、今も忘れられない。

山崎伸吾(やまさき・しんご)
工芸ディレクター/キュレーター
京都を拠点に、音楽・美術・工芸・デザインの分野で多様な人たちと協働し様々なプロジェクトを手がける。自然資源を活用した仕組みと地域に根ざしたものづくりに強い関心を持ち、主に伝統工芸の分野で作り手と使い手の接点が生まれる企画を行っている。
京都伝統産業ミュージアムのリニューアルディレクションを担当。その他、若手職人の人材育成プラットフォーム事業「京都職人工房」、ホテル型の工芸の展示会「Kyoto Crafts Exhibition DIALOGUE」、工芸を通じた国際交流を創出するプロジェクト「KYOTO KOUGEI WEEK」等でディレクターを担当。伝統工芸のウェブメディア「KYOTO CRAFTS MAGAZINE」の編集長。その他、アートスペースの運営、音楽家として様々なタイプのダンス/パフォーマンス作品に参加。現代美術家の金氏徹平とともに領域を超えたフェスティバルも主催する。京都精華大学伝統産業イノベーションセンター 特別研究員。一般社団法人LINKED ARTISAN 共同ディレクター。山山主宰。
Kyoto Museum of Crafts and Design
https://kmtc.jp
KYOTO CRAFTS MAGAZINE
https://www.kougeimagazine.com
Kyoto Crafts Exhibition“DIALOGUE”
https://dialoguekyoto.com


