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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#132
2024.05

境界をなくす 福祉 × デザインの「魔法」

1 まほうのだがしや チロル堂のしくみ 奈良県生駒市
3) 「チロ」が支える画期的なしくみ

駄菓子屋であり、食堂であり、遊び場で、自習室でもある。そんな自由な空間を可能にするチロル堂の「まほう」とは、一体どんなものだろう?
答えはレジ横に置かれたガチャガチャ(カプセルトイ)にある。18歳以下の子どもだけが1日1回100円でダイヤルを回せる。出てきたカプセルには「チロル堂」と刻印された木札「チロル札」が1枚、あるいは2枚、3枚入っている場合もある。これは店内のみで使える通貨で、1枚(=1チロル)で100円分の駄菓子と交換でき、カレーやポテトなど100円以上の食事メニューがどれでも食べられる。

このまほうは、「チロ」と呼ばれる大人たちの寄付で支えられている。チロル堂で提供される大人用メニューのカレーや丼、お弁当を買うことが「チロ」になる。月々に決まった金額を寄付(サブスク)するチロもあれば、野菜や本、衣服やゲームなど、物でチロることもできる。「チロ」という響きも軽やかで親しみやすく、「ちょっとチロっていこう」と誰でも気楽に参加できそうなムードがある。

17時前(*)になると「そろそろ時間やでー」という優さんの掛け声で、子どもたちが一斉に帰り支度を始めた。厨房からもうひとりのスタッフ、しいちゃんがカウンターに並ぶキッシュを差し出して「食べた?まだなら持って帰り」と呼びかけている。これは、ご近所の農家さんや地域の人が「チロ」ってくれた素材で、しいちゃんがつくるおやつだ。
*……長期休みの場合。通常は18時。

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———バナナをたくさんもらったときは、バレンタインが近いのでチョコをかけて皆でマシュマロとか駄菓子をトッピングして見た目も可愛くなって、子どもたちもテンションが上がって喜んでいました。チロしてくださった方にもこんなふうに使われていると見てもらえたら、喜んでもらえるかなと思って。

チロるしくみをどう支えるか、試行錯誤のなかで2022年に始まったのが、その名も「チロる酒場」。ここで夜は居酒屋をして、その売り上げの一部を「チロル堂」に寄付するというアイデアの実験場だ。
夕方18時半、黄色い暖簾が外されて群青色の暖簾がかかると「チロる酒場」のはじまり。普段は店長のまゆげさんが地元野菜を使った美味しい料理で酒場を切り盛りしているが、この日はお休みで、日替わり店主の特別企画、地元のワイン屋さんとチロル堂に関わりの深いメンバーが、選りすぐりのワインと肴を提供するワインバーになっていた。昼間はカウンターの中にいたスタッフもお客さんと常連さんや遠くからの人も続々加わり、和気藹々と盛り上がる夜になった。
大人が楽しく飲んで食べたお金で、子どもたちの自由な居場所が維持される。そして、この場所が周囲の人々にとっての職場にも遊び場にもなり、境界を超え、役割を変えながら関わり合うことで成り立っている。ここにあるのは、子どもと大人、どちらにとっても嬉しい循環だ。

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チロる大人は誰もが「まほうつかい」だ。チロるために、たくさん飲む人も続出。昼間はスタッフだった優さんも、夜はお客に。ほんの数時間前までは子どもが座っていたカウンターに大人が並ぶ