アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#132
2024.05

境界をなくす 福祉 × デザインの「魔法」

1 まほうのだがしや チロル堂のしくみ 奈良県生駒市
2)大人がルールを決めず、自由に、やりたいことを

スタッフの優さんがチロル堂で働くようになったきっかけも、息子さんからの口コミだった。

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———もともと小学5年生だった息子が友達にここを教えてもらって、遊びに来ていたんです。とにかくチロル堂はすごい、面白い、と息子が言うんですけど、話聞いただけではいまいちどんな場所かわからへん。でも、ここに来れば誰かしらいるんだなっていうのが安心で、最初は百円持たせて子どもだけ行かせてたんです。
でも気になったので、あるとき自分も一緒に来てみたら親同士も知り合いがいたりして、会えて嬉しいやんって。その時印象的だったのが、近所で顔見知りの子が、ここではいままで見たことがないようなリラックスした笑顔をしていたんです。この場所の存在の大きさを知りました。こんなところで働けたらいいなと思っていたら「スタッフ募集してるで」って言われて、これはチャンス!と思って。タイミングを逃したくなくて、それまで働いていたところを辞めてこちらへ来ました。

たしかに、子どもたちはこの場所に馴染んだ様子で、すっかりくつろいで過ごしている。きっと年齢も違うし学校も違う、常連さんも初めての子もいるかもしれない。でも、不安そうな子や淋しそうにしている子はいないように見える。駄菓子にカレー、軽食と、それぞれ好きなものを食べながら、何をしているのかと覗いてみれば、あっちでもこっちでも、やはりゲームだ。店先で買い物に夢中な姿を見て、昔も今も変わらないな、やっぱりアナログが一番。スマホやゲームよりお買い物のほうが楽しいよね、なんて思っていたら甘かった。これは、家でやったらかなりの確率で注意される状況だ。

でも、ここには「そんなにゲームしちゃダメ」「駄菓子ばかり食べちゃダメ」という大人はいない。優さんも子どもたちとふつうに会話はしても、やっていることに対してなにも口出ししない。
キョロキョロしていたら、奥から「何人様ですか?」と声をかけてくれた子がいた。彼はチロル堂の元常連さんで、高校生になってボランティアで手伝いに来てくれているんです、と優さんが教えてくれた。彼ばかりでなく、ここにいる子どもたちは、私たちが急にはいってきても警戒するでもなく、ゲームに夢中でも、話しかければすぐ顔を上げて答えてくれる。自分でやりたいことや時間を采配できる環境のせいか、自由を謳歌しつつ、周囲といい距離感を保っているように見える。

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