アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#161

作品の先にいる誰かと握手をするように
― 吉村貴子

(2026.04.12公開)

あなたは普段、芸術作品に手で「触れる」ことはあるだろうか? あるいは「座る」ことは?
マンション、病院、大学といった、人々の生活のすぐそばに設置される作品を多く手がける彫刻家・吉村貴子さん。吉村さんの作品のほとんどは手で触れることができ、時には座ることもできる。美術館においても、ガラス彫刻を鑑賞者が自由に触ることができる前例のない展示企画が好評を博した。
今回は吉村さんに、美術館ではなく生活のすぐそばにある芸術をつくること、そして美術館における「触れる鑑賞体験」のもつ可能性について伺っていく。

《パパとピピ》 白大理石 江東区 豊洲シエルタワー – ファミリー向け高層マンションのモニュメントとして設置された、大きい「パパ」と、小さい「ピピ」。休日、向かいの公園でサッカーをしたいピピと、お家でダラダラ過ごしたいパパのやり取りが聞こえてくる

《パパとピピ》
白大理石
江東区 豊洲シエルタワー

ファミリー向け高層マンションのモニュメントとして設置された、大きい「パパ」と、小さい「ピピ」。休日、向かいの公園でサッカーをしたいピピと、お家でダラダラ過ごしたいパパのやり取りが聞こえてくる

———吉村さんの作品は、石彫なのにとても柔らかそうだなと感じます。

大理石は、マシュマロみたいなふんわりとした感じがありますよね。《パパとピピ》のように、家族向けのマンションに設置されるような場合をはじめ、あったかくて柔らかい雰囲気を出したいときには大理石を提案することが多いです。
人が乗れるぐらいのサイズから、手のひらに乗るものまで、作品の幅は広いですが、全部に共通していることは、触ってもらって、気持ちがいいものであること。芸術だからといって遠くにあるものじゃなくて、仲良く一緒に暮らせるものをつくりたいと思っています。《パパとピピ》には、よく足跡が付いているんです。子供が上に乗って遊んだんでしょうね。勲章だと思っています。

《風に乗って》 白大理石 葛飾区 プラウドシティー金町ガーデン – 雲の親子がのんびり散歩。大きく両手を広げて離陸準備は完了。 「手を広げて、お腹は下に向けているつもりでつくったんですけれど、お腹を上にしていると感じる方も多くて。人によって見え方が入れ替わるのがすごく面白いと思っています」

《風に乗って》
白大理石
葛飾区 プラウドシティー金町ガーデン

雲の親子がのんびり散歩。大きく両手を広げて離陸準備は完了。
「手を広げて、お腹は下に向けているつもりでつくったんですけれど、お腹を上にしていると感じる方も多くて。人によって見え方が入れ替わるのがすごく面白いと思っています」

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画像4 - 吉村さんのアトリエ。「よくアトリエを見学していいですか? と言っていただけるのですが、すっごく現場ですけどいいですか!? と思います(笑)」

吉村さんのアトリエ。「アトリエを見学していいですか? とよく言っていただけるのですが、すっごく現場ですけれどいいですか!? と思います(笑)」

———日常のそばにある芸術作品を意識されたきっかけは?

子供の頃、兵庫県の宝塚市と西宮市の間に住んでいたんですけれど、家の前に甲山(かぶとやま)という甲(かぶと)みたいな形をした山が見えていました。普段は特別に意識をすることはなくても、ふと寂しい時、親に怒られた時に見ると、そこにいてくれてよかったなと思えるような、寄りかかれる存在だったんです。そんな存在が人には必要なんじゃないかな、と小学生の時から思っていました。
昔から、自分の個人的な思いをどろっと出したいというより、もっとオープンに人を幸せにするものをつくりたいと思っていました。高校は美術科で、彫刻とデザインどちらにいこうかな? となったのですが、当時はデザインといえば平筆と烏口(からすぐち)の時代でしたから「お前は不器用だからデザインは無理だ」なんて先生に言われて彫刻に進みました。今でも自分はデザインと彫刻の間にいる感じがします。

《風を聴く》 黒御影石 産業能率大学 – 大学の入り口で学生をお出迎え。人通りがまばらな時には、風の歌声に耳を傾ける

《風を聴く》
黒御影石
産業能率大学

大学の入り口で学生をお出迎え。人通りがまばらな時には、風の歌声に耳を傾ける

———御影石の作品も多いですよね。

御影石は私の始まりの素材です。御影石というと、墓石がイメージしやすいですかね、硬くて強い石です。御影石にもいろんな色のものがありますが、黒御影の場合は磨けば真っ黒、ノミで削り出した部分は真っ白、磨き次第でグレーも出せて、表情を使い分けることができる面白さもあるし、耐久性に優れているから雨風にさらされる場所には適しています。
《風を聴く》は大人を抱き抱えられるくらい大きな作品です。部分部分で仕上げを変えて、実際に人が乗るであろう部分は触れても痛くないように、毎日抱きついて、気持ちいい感触を探しながら制作しました。「聴くちゃん」と呼ばれて、よく学生さんが上に乗ってくれているようです。

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《知の花束》 白御影石・さび御影石・桜御影石 名古屋学芸大学短期大学部 – これまで三度名前を変え歴史を刻んできた名古屋学芸大学短期大学部。本作は短期大学としての歴史に幕をおろす記念として制作された。左からすみれ女子短期大学=白御影石、愛知女子短期大学=さび御影石、名古屋学芸大学短期大学部=桜御影石と、素材の色を活かしながら各時代に対応している

《知の花束》
白御影石・さび御影石・桜御影石
名古屋学芸大学短期大学部

これまで三度名前を変え歴史を刻んできた名古屋学芸大学短期大学部。本作は短期大学としての歴史に幕をおろす記念として制作された。左からすみれ女子短期大学=白御影石、愛知女子短期大学=さび御影石、名古屋学芸大学短期大学部=桜御影石と、素材の色を活かしながら各時代に対応している

———思わず触ったり、座りたくなる気持ち分かります。作品を作る上で大切にされていることは何でしょうか。

「吉村さんの作品って、呼ぶのよね」とギャラリーのオーナーさんに言われたことがあって。いつも作品の向こうに、誰かの手を想像しながらつくりたいなとは思っています。私がつくった何かを介して、見えない誰かと握手をしたいんですね。今は見えないけれど、この作品を介して誰かとつながっているんだと思えること、それが私の制作の原動力です。
小さいブロンズの作品を購入された方が、家族が家にいない日、作品をテーブルに置いて晩ご飯を一緒に食べたと教えてくれたことがあったんです。寂しくなったときに目がいくようなものであれば嬉しいですね。

《キツネの嫁取り》 黒御影石 東大和市 仲原緑道

《キツネの嫁取り》
黒御影石
東大和市 仲原緑道

《キツネの嫁取り》 は同名の民間伝承をモチーフにした作品ですが、この子の前にお賽銭のように5円玉が置かれていたことがあって(笑)。お稲荷さんに見えたのかなと思いつつ、同時に、別に彫刻作品だと思ってくれなくてもいいのかな、とも思えたんです。作品が人の暮らしのそばにあるのはそういうことなのかなと。

《ひだまりが丘-春》 ブロンズ 吹田市 特別養護老人ホーム ちくりんの里 – 犬と猫と鶏、バラバラな3匹が家族になる。台座部分に埋め込まれた陶板レリーフは、ホームの入居者や関係者と共に制作した。「作家がものをつくっておしまいでは面白くないと思って。とにかく全員参加! と言ったらみんな一丸となって盛り上がってくれて、楽しい仕事でしたね」

《ひだまりが丘-春》
ブロンズ
(土台の白い部分は、ワークショップでの共同制作による陶板レリーフ)
吹田市 特別養護老人ホーム ちくりんの里

犬と猫と鶏、バラバラな3匹が家族になる。台座部分に埋め込まれた陶板レリーフは、ホームの入居者や関係者と共に制作した。「作家がものをつくっておしまいでは面白くないと思って。とにかく全員参加! と言ったらみんな一丸となって盛り上がってくれて、楽しい仕事でしたね」

———彫刻家としてキャリアを重ねながら、2013には京都芸術大学の通信制大学院にご入学されました。 吉村さんの修士論文は大変な労作でしたが。

2013に、たまたま文教大学の非常勤講師の話がきて、大学の講師になるんだったら自分も勉強しにいこうかな、と入学しました。
「石は人の体からどのくらいの距離にあるか」を史実から調べていく過程で辿り着いた木内石亭(きのうち・せきてい)を修士論文では扱いました。
石亭は江戸時代の奇石収集家で、石の前にはすべてが平等、どんな身分の人でも石が好きだったらみんな友達という超変人おじさん。石亭の『雲根志(うんこんし)』は、彼が生涯をかけて収集した石が、その石にまつわるエピソードや神話と共に辞典のように紹介されている本ですが、今の私たちからすれば、石とありもしない話をこじつけているんじゃないの? と思うような突飛な話がたくさん書かれています。「鉱物としての石」「化石」から「矢じり」まで、石であれば何でも全部いっしょくたになっているのですが、石亭の目を借りて、「石というもの」を全部並列するような世界に身を置いたら、この世の中はどう見えるんだろうと気になったんです。

———研究を通して、制作にはどんな影響がありましたか。

これまでも自分の中にある感覚、例えば「世界はそこはかとなく動いていく」「ものは絶対に止まることはない」といったことを作品にしてきたわけですが、そのどれもがポワンと宙に浮いているような感覚で。「吉村さんといえばあったかいもの、優しいものをつくる人」と見られることも多く、「それだけじゃないんだけどな」とモヤモヤしていたのですが、論文を書いたことで、自分の中にある感覚は思想だと、哲学だと自信をもって言えるようになって、作品との結びつきにも説明がつくようになりました。
作家は、つい自分自分になってしまうから、一度石亭になって世界を見ることができたのが本当によかった。どんなに「私」を脱ぎ捨てて論文を書いても、最後に1ミリぐらいの「私」は残る。研究者の個性ってそういうものなんだ、と思い切れたことは、作品をつくる時のつまらない自我を捨てようという気持ちにもつながったと思います。

吉村貴子展「間(あわい)」 2024年12月19日~2025年3月23日 川越市立美術館

吉村貴子展「間(あわい)」
2024年12月19日~2025年3月23日
川越市立美術館

———近年は「雲根」というテーマで制作をされていますが、これは先の『雲根志』にもある言葉ですよね。

「雲根」とは「石」を指す中国の言葉です。なぜ雲の根っこと書いて石なのか、それは禅僧の漢詩資料『中華若木詩抄』に「雲ハ石ヨリ生ズルニヨリテ、石ヲ雲根ト云ゾ」とあるように、水の循環からきています。流れ下った川が海へ至り、蒸発して雲になり、それが岩山にぶつかって雨が降り、また川となって流れていく。雲のお母さん、お父さんは岩山、つまり石であると考えられているんです。
石やガラスといった硬質なものを扱いながら、ふわふわしたもの、そこはかとないものを表現しようとしてきた私には、雲根という言葉にものすごく共感できてしまって。

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《間_あわい》 キャストガラス WDH 500×450×200mm 第6回金沢・世界工芸コンペティション入選

《間_あわい》
キャストガラス
WDH 500×450×200mm
第6回金沢・世界工芸コンペティション入選

———吉村さんのための言葉にも思えてきますね。川越市立美術館での展示「間(あわい)」で出展されたガラスのシリーズについて伺います。

《間_あわい》 では、タイトルの通り「間(ま・あいだ)」をテーマとしています。この作品を語るときによく例に出すのは、粉吹き芋の「粉」の部分。粉吹き芋の「粉」は、じゃがいもに属しているのか、それともじゃがいもの外にあるものなのか、すっごくモヤモヤモヤとしませんか? 分かってくれるかな……(笑)。ものが「ある」ということは、密着しているだけではなく、完全に離れているのでもなく、緩やかにつながり合って形成されているのではないかと。 《間_あわい》 はガラス作品なので光の当たり方で常に表情が変わり続け、さらには鑑賞者が自由に触って組み替えることもできるので、常に変わり続けている。今この瞬間の形が次の瞬間には確かではなくなる「あるとないの間」の形なんです。

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《間(あわい) 07》 キャストガラス WDH 320×210×180mm

《間(あわい) 07》
キャストガラス
WDH 320×210×180mm

———作品に触れる鑑賞形態「タッチアート」のコーナー展示だったんですよね。ガラスの作品を鑑賞者が自由に触れるというのはすごく挑戦的な試みです。

美術館からも「壊れちゃったらどうするんですか」とは言われましたけれど。私も「壊れたら別の作品を持ってくるからさ」なんて言って。
作品を大事に扱ってもらいたいんだったら、どういう風にしたらそれを伝えられるのか。広報物の段階から徹底的につくり込んで、ボランティアスタッフの方には、「触り方を教えたり、作家の制作意図を伝えたりするのではなく、ご自身の感じたことを前面に出して主体的に、来場者と一緒に触る展示を楽しんでください」と伝えました。盲学校にも出張授業に行って、先生たちは段取りを気にするんだけれど、生徒たちはそんなのお構いなしで(笑)、「ドーナツみたい!」なんて言いながらどんどん作品を触ってくれて。作品の磨きを体験してもらうワークショップでは、ガラスがスルスルとした質感になっていくにつれ、みんなと作品の心理的な距離がどんどん近くなっていくのが見えました。作品に触れることで、「美術館に展示してある作品」が「みんなの作品」になっていく、それが嬉しかった。
タッチアートコーナーは、どうしても視覚障害者の方に気持ちが行きがちですが、視覚障害者の方々だけではなくて、もっとみんなに開きたいと思い、音声と字幕をつけた制作工程がわかる映像を流したりもしました。パパに抱っこされた赤ちゃんが「いい子いい子しようね」と言われてニコニコしながら触っていました。ガラスの作品をギュッと握りしめていた車イスに乗った女の子に「持って帰れないよ」とささやいていた介助の方が「気に入っているみたいですよ」と私に教えてくれました。会場に入ってきた時より明るく、柔らかくなっていたその女の子の表情が、印象に残っています。作品を遠くから観ないといけない場では作品に関わりづらい人たちにも鑑賞を開くことができました。

吉村貴子展「間(あわい)」

吉村貴子展「間(あわい)」

———一般的に美術館において作品に触れることはタブーであり、多くの人にとって想像の範囲外です。だからこそ、さらに芸術に近づくための、鑑賞を開くための全く新しい鍵になり得るのですね。最後に、今後の展望をお聞きします。

来年、もう一つ展覧会があるんですけれど、開催地の美術館はタッチアートの前例がないところで、そこに触ってもいい作品を持っていったら初めの一歩はどうなるんだろうというのが今は楽しみです。
「間(あわい)」展を観にきてくれた他館の学芸員さんと話していて、「タッチアートの取り組みで最終的に達成したいことはありますか?」と聞かれました。
触ることは危険を伴う行為でもありますよね。毒だったら痛い、敵だったら困る。それは相手を信じられないとできないことだから。作品が作者の分身であるなら、作品を叩くことは、初対面の私に殴りかかるのと同じ。だとすると、作品に触れながら学ぶ機会を持つことは、人との社会的な距離を学ぶことにもなるのではないかなと思うんです。学芸員さんに「すごく壮大なことを言えば、平和な世の中をつくるための一つの手段です」と答えました。壮大ですけれど、これは私の目標なのだと思います。

取材・文 辻 諒平
2026.03.09 オンライン通話にてインタビュー

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吉村貴子(よしむら・たかこ)

石彫、キャストガラス、ブロンズ等で立体作品を制作。
風景の一部になるような野外の大型モニュメントから、手のひらに収まる、ささやかなオブジェまで共通して、暮らしに溶け込む、触れて心地良い作品作りを続けています。

https://userweb.ejnet.ne.jp/yytakako

兵庫県宝塚市生まれ
1986 東京造形大学造形学部美術学科Ⅱ類卒業
1987 72回 二科展 特選受賞
2006 12回十日町石彫シンポジウム
2016 京都造形芸術大学通信制大学院芸術研究科修了
2020 59回日本クラフト展 優秀賞受賞
2024-25 川越市立美術館 タッチアートコーナー 個展
2025 第2回あさごビエンナーレ 大賞受賞
第6回 金沢・世界工芸コンペティション 入選
女子美術大学、文教大学 非常勤講


ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)

アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。