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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#110
2022.07

道後温泉アートプロジェクト 10年の取り組み

3 地域×アートの課題と実践を探る
2)かかわり方を変えて、発言権を得る 若手世代の選択
即効性のあるものと時間のかかるものを見きわめながら
松山市議会議員 松波雄大さん

10年前、道後温泉には地元の未来を考えて行動に移した30代の若手たちがいた。アートプロジェクトを下支えしながら、自分たちと地域のこれからを考えて実践を続け、彼らも、プロジェクトも成長していった。

30歳のとき初回オンセナートの制作運営に携わり、2017年まで道後のアートプロジェクト地元統括責任者をつとめた松波雄大さんは、現職の松山市議会議員。2018年に松山市の市議会議員に立候補して、初出馬で4位当選。無所属新人では1位だった。今年2期目をつとめる。

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松波雄大さん

アートプロジェクトに関わる前は、地元の松山市で、当時はまだ少なかったイベントスペースとシェアオフィスを備えた多目的スペース「サードフロア」を運営していた。そこに一緒にいたのが、デザインチームNINO inc.を立ち上げたばかりの二宮敏さんと、雑誌編集者の清水淳子さん。皆、自分の働き方を考えていた頃で、地元への思いを持っていた。この3人が道後のアートプロジェクトにも関わっていく。

アートプロジェクトの準備リサーチとして行った地元の若手クリエーターやリーダーへのヒアリングがきっかけで、道後オンセナートのプロポーザルコンペに参加した。アートに関わることは皆初めてだったが、3人で企画書を書き、松波さんを代表に、地元NPOと構成したコンソーシアムで応募した。それが採択されて、総合プロデュースをスパイラルが、ブランディングとアートの制作進行をコンソーシアムが担い、共同で事業にあたった。地元の若い発想が評価され、以降のアートプロジェクトの制作運営もこのチームが手がけるようになる。
そして政治の世界とは無縁だった松波さんが政治家を志したきっかけも、まさに道後温泉のアートプロジェクトだった。

———道後温泉アートプロジェクトでの僕らの役割は、二宮がアートの制作全般、僕が企画と交渉、清水が地元広報を担当していました。初回のオンセナートは大成功を収めましたが、一方では弊害もありました。道後にアートの土壌がなかったのでハレーションがいくつも起きたんです。そこから見えた課題は、地域とアートをまとめる舵取り役の不在でした。特にスパイラル以降、プロデューサーの不在が原因でアーティストと地元と行政の間で行き違いが度々起こりました。誰もWin-Winにならない。コンセプトと予算と企画、全体のバランスを見渡す人がいない中でボールを渡しても前に進まない。そう感じていても、僕らの立場では発言権がなかったんです。もう次のフェーズに移らないとまずい、その采配ができるポジションに自分が行くしかない。だったら、市長に近くて対等の関係で話せる政治家になるしかないと決心しました。

予算の大半を行政が支出している現体制では、アートプロジェクトの運命は行政に委ねられている。仕組み上、担当者が数年で変わるとそれまでの積み重ねが振り出しに戻ったり、外部へ委託して予算が地域から流出したり、事業計画の変更で簡単にプロジェクトが終了するといったことも起こり得る。そうした事態を防ぐために、誰かが立ち上がる必要があった。

———自分の地元が衰退していくのに、誰かがやってくれるのを待っているだけではだめだと感じて、サードフロアをやっていたところもありました。現状を打開していくには、民間企業がキャッシュを出すか、公的機関が予算をつけて活性化するか、僕らみたいな小さなボトムアップの変化がブレイクスルーするまで頑張ってやっていくかの3つだと思っていて、キャッシュはない、行政は全然動かない、そうしたら自分たちでやるしかないと思ったわけです。道後のアート事業でこれまで僕らがやってきたことが、結局ただの下請けで終わってしまっていいのか。その意味を設定しなくちゃだめだという思いがありました。

議員になってからの松波さんは、一歩引いたところからアートプロジェクト全体の枠組みを眺めるプロデューサー兼アドバイザー的なスタンスで関わっている。企画と予算のバランスを検討し、時に地域と行政の相談役となってお互いの理解を助ける。

———観光地はやっぱり人が来ないと成り立たないので、僕はアートを道後でやるというよりも、道後でアートエンターテインメントをやるほうを考えています。来てくれたひとに喜んでもらうにはどんなコンテンツをつくろうか、という企画者目線が強い。例えばある企画があったら、どこでやると面白いか、誰と組むか、どういう規模が適切かを考えて、まちと交渉していくのが僕の役割です。
BEAMSとのコラボレーションや蜷川実花さんの浴衣コラボ、文学とミュージシャンを出会わせた展示など、これまで僕らがやってきた成功事例がいくつかあります。そのフレームを良いかたちで残しながら、アップデートや新しいチャレンジは今のチームに任せて、僕自身はアーティスト選定には関わりません。(2018、2019年の)日比野克彦さんの頃から本当に方向性が変わってきたので、即効性のあるものと時間のかかるもの、それらを見極めて、より理想のかたちに近づけていきたい。

将来的には、施設やイベントは行政が運営し、ソフトの運用は民間の能力を使うような半官半民スタイルが望ましいと考えている。未来を語れるプロジェクトにするために、自律した実行委員会組織も必要だ。ファインアートだけではなく、まちがなじみやすい工芸や文学といったジャンルにも眼を向けて、観光地としての魅力を発信するフェスティバルの組み立てを考えている。

———道後温泉は、アートプロジェクトなのか、アートプロジェクトじゃないのかのはざまをいっていると思うんです。松山は文学のまちで知られていますが、文学って短歌もあれば俳句もあるし、詩や歌詞もあって射程幅の広い受け皿です。だからこそ楽しさを感じる入口はつくりやすいともいえます。
次年度予定されている工芸も、プロダクトアウトしてもう1フェーズ上げるには、プロデューサー的視点が必要だと思うんです。ローカルでやる意味と意義を考えて、他がどこもやったことがないような、その手があったか、という領域を見つけてやってほしいと思っています。
また、工芸には新しい旅の可能性も感じています。僕は松山市の議員ですが、これからは市町村連携が重要と言われていて、観光も、愛媛から入って四国を回るような、短期ではない長い時間と広域の視点も必要になる。その点で工芸は、生産地をめぐる旅が提案できます。道後温泉を見本市として、そこで気に入ったら生産地を訪れる、そういうきっかけをつくれるでしょう。市町村が横につながることで、その企画が倍面白くなる可能性が広がると思います。

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清水淳子さん。松波さん、次章で取り上げるNINO inc.の二宮さんとともに、道後温泉のアートプロジェクトの立ち上げから、広報として関わってきた。年々の特性によって、プロモーションの仕方も工夫し、創意ある発信でプロジェクトを支えてきた存在