アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#102

鋏 似合わせるということ
― 菅沼政斗

(2021.06.05公開)

僕は髪を切る仕事をしている。人に「似合わせる」ということを大前提に仕事をしているが、この「似合わせる」ことについて今一度考えてみた。

そもそも「似合う」とはなんなのか?
電車の中や街の中で人間観察をしていても髪型が似合ってないなと思うことは滅多にない。みんな現状の髪型が似合っているからだ。特に女性は自分自身の魅せ方を良く知っている。内面性も含めチャームポイントを活かし、コンプレックスに向き合い、自分に「似合わせる」ということが日常の中にあるから。ただこの「似合わせる」 というのは実に奥が深い。雑誌の切り抜きやインスタグラムのタイムラインから見つけられるとは限らない。髪型はファッションの一部でありオートクチュールに着飾れるものだから。これを読んでいるあなたに問いたい。今のその髪型はベストですか?

鋏を持ち髪を切るようになって15年が過ぎ、これまで鋏を通じて様々な経験をさせてもらえた。この使用している鋏にも強いこだわりがある。コバルトという金属素材のもので、大きさは5.4インチ(平均は6.5インチ)とやや小さめ。直径でいう13cmと掌に収まってしまうサイズだ。なぜ小さめの鋏を使うのか。それは点を捉えるように髪を扱う為である。点と点で線が成り立つ。繊細なヘアカットをするには、手にできるだけフィットして、小回りがきく物が最適だからだ。様々なヘアカット技法があるが、自分は隙鋏などは使用せず、髪が濡れた状態で切る所から乾いた状態の毛量調節まで鋏一本で仕上げる技法を選んでいる。それともう一つ、この鋏の特徴として、持ち手のハンドル部分に金属ヒットポイントというパーツがあり、開閉する度にカンカンという心地よい音が鳴るように作られている。これは、この音でヘアカットをする時のリズムを取るためである。 この優れた機能性を持つ鋏で、似合わせの理論である顔型、髪質、骨格、日本人特有のうねりや癖などを研究し、とにかく時間をかけて技術を磨いた。髪を切るという所作は側から見ると単純作業に見えるかもしれないが、頭の中では展開図(カットプロセスの設計図)を構想し、髪の動きやすさや自然に落ちる位置などを見極め、一つ一つのパネルを上げたり下げたり押したり引いたりしてミリ単位でコントロールしながら丁寧に鋏を入れていく。まさに手のひらの中から生まれるデザインだ。歪な球体に髪は約10万本あるという。この唯一無二の素材を扱い、彫刻師のように無駄なく美しいフォルムをつくりあげる。

ヘアカットはその人自身の目指すべき方向に向けて切るというよりは、その人らしさを「取り出す」ような作業だ。人が70億人いたら70億通りのプロセスがあり、そこに人がもともと持っている個性や美意識、キャラクター、流行りなど社会的文脈が加わる。
たまにお客さんが「私、ショートカットは似合わないから」などと言うことがある。 でも、 僕から見たら、似合うショートはいくらでもあるのになと思う。前に担当していた美容師に言われたことを信じ込んで、ずっと同じ髪型でいようとする人もいる。もしかしたら自分の中にパターンが決まっているのではないかと。間違いではないが、僕はそれはつまらないと思う。「似合う」髪型は無限にあるから。そして、髪型は切る側・切られる側のセッションでもあり、答えのない問題に挑むこと。 つまり「似合わせ」とは永遠のテーマであり、永久運動である。 言葉にはできないけど、「いいものができたな」という時は表情や仕草を見ていればわかる。心の底から「似合っている」と感じる喜びがある。これは、理屈ではな い。そこは、他の「デザイン」と一緒だろう。

話は変わるが、僕は今神奈川県の三浦半島の最南端「三崎」という街で働いている。そして以前アネモメトリでも取材して頂いた同じ神奈川県の最西端の「真鶴」 で出張美容師としての活動もしている。
東京に長く居たが、別に行き詰まった訳ではなく、自分なりにステップアップのためにこの技術を持って他の地域で挑戦することを決めたのだ。
どちらの町も人口が少なく、町も小さいから人との距離が適度に近くなんとも居心地が良い。人見知りの自分でもすぐに溶け込めた。
都内では感じづらかった地域のあたたかさだ。ローカルの地で仕事をしていると都内の時とはまた違う価値観があった。地元の農家の方や同じ商店街の魚屋の方、中華料理店の料理人……地域に根付いて仕事をしている人達の髪を切ることも多い。この土地ならではの「似合わせ」が求められる。「似合わせる」ための営みは、東京でも地方でも、どこへ行っても普遍的(ふへんてき)だということに気づかされた。

「似合わせ」は常に進化し変わり続ける楽しさがある。 この先も沢山の人と出会うであろう。その度にセッションをして、再現性の高いデザインを一緒に生み出していきたい。 ハサミさえあれば、僕は人と心を通わせられる。 人の人生を変えうる「髪」という対象に、この先も飽きることはなさそうだ。

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Photo:ミネシンゴ

Photo:ミネシンゴ


菅沼政斗 (すがぬま・まさと)

花暮美容室店主
1982年東京都生まれ、茅ヶ崎市出身。
山野美容専門学校卒業後、都内、神奈川数店舗を経て独立。2020年に出版社アタシ社 ミネシンゴと神奈川県三浦市三崎に「旅するついでに髪を切る」というコンセプトの美容室、「花暮美容室」オープン。卓越したカット技術と似合わせに定評があり、幅広い年齢層から支持される。顧客は地元を方をはじめ、遠方からも数多く訪れる。真鶴町でも出張美容師として活動している。