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アネモメトリ -風の手帖-

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手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#71


― 苅谷昌江

(2018.11.05公開)

お母さん!! あの筆買って買って!! ほしい! 買ってくれなくっちゃ動かない!!! なんて、物心ついて初めての筆を自発的に買った人はなかなかいないだろう。
私もいつ頃から自分の筆を持っていたのかをはっきり覚えていない。
たぶん、小学校に行った時点で強制的にお道具箱に入っていたものが最初だと思う。
筆は動物の毛やアクリル製の毛が、木などの棒状のものの先にくっついている道具である。
このシンプルな道具の使用用途は幅広い。
字を書くため、絵を描くため、化粧をするため、家の外壁を塗るため、漆を塗るため、もしかして、箒まで筆の仲間だとしたら書く、塗る、だけでなく掃くという動きまでカバーしてしまいそうである。
私は絵を描くことが仕事なので、基本描く作業にもっぱら使用している。
初めて画材屋で意識的に筆を購入したのは高校生のときで、美大受験のためだった。
「どの学科受験するの?」
「デザイン学科です」
「じゃあ、この筆だね」
結局、美術学科をデザイン学科スタイルの筆にて受験することになったのだが、私は20年くらい時の言葉を引きずり続けていた。
なぜ、学科によって筆が変わるのか。このことである。
今となっては、いくつかの答えを持っている。
油絵用の筆にはある程度コシのある豚毛を使用したものが多く、重い油絵の具を自由に扱いやすい。日本画を描くには毛のコシも大切だが、線を描くためのものやぼかしを入れるためのものなど、描き方によって選ぶ筆がたくさんあるし、筆先の素材としては馬毛、羊毛、狸、珍しいものでは玉毛といって猫の毛を使用したものや竹をしごいたものもある。デザインでは、アクリルや水彩絵具をよく使用し、描き方のひとつとして塗りムラなく塗ることができる平筆などを使用する場面もある。
チェンニーノ・チェンニーニの『絵画術の書』という本の中で、どこそこの角を曲がったところに立っているリス毛売りの男から毛先を購入すると大変よい質の筆を作ることができる、とおすすめされている体の文章を読んだことがある。そんな良い毛の購入先まで700年後の絵きへ教えてくださったこの部分に関しては時空を超えた笑いを覚えたが、14世紀の絵きにとって筆は自作するものだったのだ。
現代では筆は購入するもので、画材屋と言われる店では大概油絵、アクリル、水彩の絵具に対応した筆が売ってある。画材屋によっては、日本画の筆も扱っている。
私がこのように色々な筆に興味を持ってしまったのには理由がある。油絵を描いていたのだが、重い絵の具よりシャバシャバに溶いた絵の具が多かったことと、日本画の髪の毛に見られる大変細い線に憧れをもっていたので既存の油絵用の筆以上になにかいいものはないかと考えたことが始まりだった。描きたい線や面は筆の形状でその描きやすさが変わってくるのである。
したがって私は〇〇用の筆という選び方、使い方はやめた。結局、石鹸できちんと汚れを落とせば、実は水性、油性ともに併用は可能なのだ。大切にしておけば2030年と使用できる。学生時代の先輩に譲っていただいた筆も未だ現役で使用できている(ただし、本物の動物の毛に限る使い方である。アクリル毛は油を落とすときに使用するお湯に弱く先がフニャッとカールしてくるのだ)
私には値が高くてなかなか厳選しなくては購入できないが、細い線が描ける筆を京都二条通りそばホテルオークラの近くにある日本画の筆屋さんで購入したことがある。店主は筆を買うときは試し書きをさせてくれる。しかも、同じ筆の型でもその中からいい感じ穂先(筆の先のこと)が尖っているものを選んでくださる。店主に「どんな使い方をされますか?」と聞かれたとき、「……油絵をこれで描きます」と日本画用の筆屋さんで言うには恥ずかしくてゴニョゴニョと口ごもってしまった。すると店主は「いいんですよ。いろんな方がいらっしゃいます。こちらの筆を気に入って購入される常連さんではアクリル絵の具の方もいらっしゃいますよ」と言ってくださった。
どうやら、〇〇用の筆と線引をしてしまっていたのは私であり、筆は筆だったのである。
絵を筆で描く場合、必ず筆跡によって画面の描かれ方が変わってくる。
筆を絵画の分野で分けるのではなく、自分の描きたいゴールに向かって穂先の形状を選ぶことが筆を理解する上では重要なことである。
けして派手ではないが、絵の出来を決めてしまうこのシンプルな道具のことを考えると、シンプルであるがゆえの道具を使う技術の面白さがあると思う。Kariya_FUDE


苅谷昌江(かりや・まさえ)

1980年高知県生まれ。絵を描いています。
作品とプロフィールはこちらのWEBをご覧ください。
http://yellowvalleys.net

2018101日からはじまるNHK連続テレビ小説「まんぷく」にて画家役の方へ絵画指導と画家の描いた絵を描かせて頂いております。NHK大阪の担当の制作様とともに筆がすり減る程に描かせて頂いております。ぜひぜひご覧ください。
https://www.nhk.or.jp/mampuku/