アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

このページをシェア Twitter facebook
#89

音楽プレイヤーとイヤフォン
― 土取郁香

(2020.05.05公開)

絵を描く時大抵音楽を聴いている。聴いている、というと語弊があるかもしれない。ただ流れている時もあるし耳を塞いでいるだけの時もあるが、私の制作と、制作に関わる周囲の時間には音楽が必要である。これは断言できる。 それが当たり前になったのはいつからだっただろう? 通っていた画塾では恩師の「イヤフォンをしながらデッサンしているやつは好かん」という考え方が一般化していたので、その間は鉛筆のかすれた音とかの作業音、たまの話し声だけだった。その時間が始まるまでは、教室には音楽が流れていて、その中で先生が油絵を描いていた。

中学生のときiPodを買ってもらった。おもちゃのようなカラフルな色の製品が当時並んでいたことを思い出すが、iPodのシルバーで飾り気のないシンプルさがとてもかっこよく目に映った。どこで初めてそれを目にしたのかは覚えていないが、当時選んだものでまだ残っているものはビビッドでカラフルなものが多いので、その選択は不思議といえば不思議なのだが。壊れたり、容量が足りなくなったりで何度か買い換えて今はiPhoneで音楽を聴いている。 自分一人だけの音楽機器を持った中学生の頃の、CDを買ってiTunesに取り込んでiPodに同期する、という一連のやり方が自分の習慣になっている。こういう、かつての方法が今だに自分には一番しっくりきて更新されない。14歳の時聴いていた曲がもっとも人生の中で思い起こされる、と何処かで読んだことがある。幼少や、思春期の自分の体験というのは思っているよりもずっと根深くて、切り離せない。中高生の帰り道にはこれを持ち歩き、だいたい音楽を聴いて個の世界にいたけれど、少し前まではこの持ち歩いて音楽を聴く小さな機械は無かったわけで、もしそれが無かった世界ならどうやって私は個の世界に行っていただろう? 一人で音楽を聴くための部屋が必要だった世界。それとも個の世界を必要としない人に育ったのだろうか?

私のiPodの中にはどうしようもなくやる気が出ない時でも絶対テンションを維持させてくれる曲たちが入っており、 今まで幾度なくその曲たちに制作を助けられてきた。私が作業を最も共にしている音楽を教えてくれたのは、高校生の時のKちゃんである。 デッサンの授業のあと、高校の美術室で「分かってくれるかなと思って」と彼女は焼いたCDを私にくれた。CDにはマジックでアルバムとアーティストと曲の名前が記してあった。そのアルバムはそれからずっと私のお気に入りの一枚となる。その思い出なしにでも私はこのアルバムをここまで好きになっただろうか? 彼女はこういう、なんていうのだろうか、細やかで可愛らしい小さな贈り物をするのがとても上手だと思う。それはなにも物だけの話ではなくて、彼女の会話には最近の好きなものが多く登場し、私はそれが気になって自分でも見てみるのだ。

私の人生には多くの音楽に傾倒した人生を送る人が登場するし、今手元にある音楽は大抵彼ら彼女らから教えてもらったものだろう。音楽に傾倒した人生を送る人のことを私は無条件で信頼してしまう。 音楽のいいところは、聞くということの力加減が委ねられていることにあると思う。私はというと、なんとなく流れている、という状態が大きな割合を占めている。作業時も歩いている時もよく耳にイヤフォンを挿しているが、音楽が聞こえている時もあれば、考え事をしているだけの時も多い。何もないと周りの音が聞こえ過ぎることもあるけれど、なによりも流れている音楽が私の機嫌とmoodを司っているのだ。

ウェス・アンダーソンの映画はそのことを視覚化している。彼の映画は登場人物たちのためにBGMが鳴っているようで、生を祝福するときにはハレルヤが流れる。多分現実の私たちの人生にも、喜びや悲しみの感情に優劣なく音楽が鳴っていていいのだ、と思えた。荒った気持ちの時に跳ねた音楽を聴き、 沈んだ気持ちの時には暗がりの音楽を聴く。それは自分の感情に抗うのではなく、沿うための行為である。

2019年秋も絵を描きながら音楽を聴いていた。ずっと聴いていたはずの曲の歌っていることが、やけにクリアに聴こえてきた。一瞬で飛び越えてしまった。この飛び越える感覚は絵を描いている時にもやってくることがあって、「分かた!」と思うのだけれど、それは自分だけのもののようで喜びのあまり人に伝えてもあまり伝わらない。まあそういうことはままある。そういう話を大概私は「音楽に傾倒した人生を送る信頼する人たち」に今度会ったら伝えようとストッ クする。

Kちゃん今は何を聴いていますか?

1 r

2019年秋のときのアトリエ

2019年秋のときのアトリエ


土取郁香(つちとり・ふみか)

1995年、兵庫県生まれ。20203月京都造形芸術大学大学院卒業。その後京都を中心にペインターとして活動を始める。
https://www.instagram.com/fmk____mm
https://dmoarts.com/artists/fumikatsuchitori/