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アネモメトリ -風の手帖-

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#23

喫煙具
― Gak Sato

(2014.10.05公開)

煙草の話をしようと思う。と言うと眉を(ひそ)める人も多いだろうが、喫煙の勧め、もしくは愛煙家の叫び、的なものではないので、少しばかりおつき合い願いたい。
私の住んでいるイタリアでは、2005年に屋内のパブリックスペース(レストランやカフェ、地下鉄のホームなど)での喫煙は禁止という法律が施行された。これは隣国のフランスやスペインよりも何年も早く、喫煙者の多かった当時は一体誰が守るんだろうと思っていたが、2002年に導入されたユーロ通貨によるインフレでタバコの値段が倍近く跳ね上がり喫煙者が激減し、すんなりと浸透していった。
ちょうどその頃、帰国の折に実家でパイプを見つけた。生前、父はヘビースモーカーだったが、パイプを吸っている姿は見た事がないので、おそらく私が生まれる前に嗜んでみたことがあるのだろう。そのパイプをイタリアへ持ち帰ってみたものの吸い方が解らない。調べてみると、パイプも、煙草の葉も多くの種類があり、掃除道具や葉を押さえるタンパー、ライターなどにしても、パイプ専用のものがあることを知る。吸い始めはパイプを焦がしたりするから、練習が必要だということで、一本安いパイプの購入を薦められ、ミラノに本店のあるサビネッリのB級品を買ってみた。35ユーロくらいだったと思う。店の人が言うには、最初は火付きの良い葉っぱが良いとの事で、その名もITALIAというブレンド葉を言われるがままに購入。パイプ愛煙家のHPとにらめっこしながら、その吸い方、そしてパイプの構造を学んだ。それは、それまで吸っていた紙巻のシガレットとは全く異なる喫煙法で、肺まで吸い込むのではなく、なるべく低い温度で煙草の火を消さぬように、たまに軽く吹き戻しながらそっと口中に煙を泳がせるのだ。煙を吸い込むのではなく、マウスピースから漏れてくる煙を味わうのだが、これがなかなか難しい。すぐに火が消えてしまったり、強く吸いすぎてパイプが熱くなりすぎたりと試行錯誤を繰り返すうち、一週間もすると最初の着火だけで長時間、煙を燻らせることが出来るようになり、これが何とも旨いのだ。美味しい珈琲やウィスキーを飲んだ時に感じる旨さと似ているかもしれない。
そして、形見と言うには日常使いはされていなかった、そして50年は放置されていたダンヒルのパイプに火を入れてみる。流石に使い始めは雑味があったが、何度か使っているうちに、本領を発揮し始める。同じ葉っぱなのに新品のパイプとは違う円やかな味わいがある。ここからマニア心に火が付き、ヴィンテージパイプ探しの旅が始まる。eBayや骨董市を漁り、あっという間に10本以上のヴィンテージパイプが手元に集まっていた。見ず知らずの人が使ったパイプなど気持ち悪いと思うかもしれないが、消毒用エタノールや食塩を使いレストアをするのがまた楽しい。各々違う味わいがあり、徐々にそのパイプにあった煙草の葉を見い出していくのも面白くなる。パイプに火を付けるには、シガレットとは違い、ライターを横に向けて着火するため、指が熱くて使いにくい。だからマッチを使う。ほら、パイプマッチってあるでしょう? しかし、最近はマッチを購入するのすら難しく、パイプ用のライターが欲しくなる。昔のおじさんたちは、みんないいライターを持っていたよなぁ、いつから100円ライターに取って替わられてしまったのだろう。
そして今、トリノのマーケットで見つけたダンヒルのライターを使っている。70年代に作られたものだが、今でも新品同様に機能している。程よい重量感と質感そして音質感。蓋をカチりと開け、ローラーを回し、火花が散って着火するまでの一連の行為がいい。蓋付きライターは、蓋を閉めるまでは火は付きっぱなしなので、指を焦がす心配も無い。近年、喫煙者は肩身の狭い思いをしている訳だが、喫煙はむしろマイノリティの密かな愉しみで構わない。喫煙室のような劣悪な環境で忙しく煙草を吸うのは愚かだと思うし、私が喫煙に求めているのは、リラックスとか気分転換とか、そういうのともちょっと違う。大袈裟に言うと、一連の所作を通じて、喫煙具たちの持つ歴史を体感しているのだと思う。
百害あって一利無しの、そんな無駄な愚行を深く愉しむことだ。パイプは一服に時間がかかるし、周りの迷惑にもなるので、最近は火を入れる回数が少なくなった。だったら辞めればいいじゃないと言われるが、普段吸わないからこその愉しみ。
無駄な事をどんどん切り捨てていくと、大切な事が何なのか解らなくなると思う。
と、都合良く喫煙を正当化して煙に巻くのだ。

dunhill pipe

set 5

ライター

(上から)ダンヒルのパイプ / ヴィンテージのパイプ数々 / ダンヒルのライター
撮影 : Gak Sato

Gak Sato (ガク サトウ)
音楽家。1969年東京生まれ。武蔵野美術短期大学空間演出デザイン科卒。1996年、イタリアに移住。99年より10年に渡りRight Tempo Recordsのディレクター、アーティストとして活動。3枚のオリジナルアルバム、Easy Tempoシリーズで70年代のイタリアンシネジャズを集めたコンピレーションや、リイシュー、数々のリミックスを手がけた。近年はサウンドアートの分野やテルミン演奏家としても活動している。マニュアル オブ エラーズ アーティスツ所属
http://www.gaksato.com