アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#78

弱くしなやかな、もののありかた
― 谷澤紗和子

(2019.06.05公開)

道具のことは好きだ。使い方を考え尽くされ、必然に伴って得られた造型は美しい。ホームセンターや道具店で、それらの使い方や使い心地を想像しながら眺める時間は、私にとってたいへん心地よいものだ。けれども、特定の道具に思い入れがない。もちろん、日々の作品制作で使う道具は色々とあるし、それぞれそれなりのこだわりを持って選び、大切に使っているのは確かだ。せっかくの機会なので、思い入れがないことについて考えてみた。

私は大学では絵画を専攻していて、油絵やアクリル画などを取り巻く画材や道具に囲まれながら学生時代を過ごした。一方で、そういった専攻に身を置きながら、作っていたのは衣装だったり、写真を加工したものだったり、樹脂や石工を使った立体造型だったり、その時々に、思いつくままにどんどん手を出して、様々な技法や素材にふれてきた。その度に技法書を読んだり、色々な専攻の先生や同級生に相談し、知恵を借りてトライ&エラーを繰り返し、もがきながら制作していた。
振り返ってみると、かなりめちゃくちゃで散漫なやり方だったが、特定の専門性に捕われずにその時作りたいものを作る。というのが、この頃の制作スタイルだった。そういったことが、特定の道具に執着がないことにつながっている気がする。
又は、この頃あるアーティストが何気なく話してくれた言葉が、今でもずっと心に引っかかっているせいかもしれない。
「アーティストだったら、身一つで、何処に行っても、何処ででも作品が作れるのではないか」

ところで、私の最近の作品には、いくつか代表するシリーズがあって、そのうちの一つに、紙を使って巨大な切り紙を空間に構成する作品群がある。このシリーズは、「おたのしみ会の飾り付け」をテーマに、手近にあった紙の梱包材を切り、空間を飾った展覧会が出発点になっている。
そして、作品制作の糸口を探るために切り紙について調べてみると、紙を切って作られる紋様や造型は、日本では染織の型紙や、神道などの儀式空間で用いられることがあるが、日本だけでなく世界中の様々なシーンで見られることがわかった。私にとってそれらの紙の造形は、「美術」という西洋からもたらされ、白人男性主体の価値観を礎にした、強靭な制度の外にあるものだった。特権的な技術や空間を必要としない、弱さとしなやかさを合わせ持った豊かな存在。また、生や死にまで及ぶ広大な空想について物語ることに長け、所有や資本の概念とは違う価値感を持つものだと思えた。そういったもののありかたに、とても惹かれた。
例えば中国の剪紙(せんし)は、玄関や窓などに飾られる民間の工芸品だ。動物や花などの様々な紋様によって、寓意が記されている。かつては農村の女性にとって花嫁修業の一つだったと言われている。
メキシコでは、「死者の日」という祭日に、パペルピカド(穴をあけられた紙)と呼ばれる極彩色の切り紙が街中の空間を彩る。
そして、デンマークの童話作家として有名なアンデルセンは、子どもたちの楽しみのために、自作の童話を読み聞かせながら、即興で様々な切り紙を切って見せた。今も美術館に残っているものもあるが、多くはその場の鑑賞者である子どもたちに贈られたそうだ。

紙は、道具がなくても破いたりちぎったり、くしゃくしゃに丸めて小さくしたりと、簡単に加工が出来る。身近な文具であるカッターナイフや鋏などの道具があれば、鋭く、洗練された加工が出来る。円柱形に巻き取り、柱のように直立させれば、上下からの力にとても強い構造物が出来上がる。
紙は、コツさえつかめばだれもがそれを素材に造形することが出来る。特別な道具や場所を必要としない。とても薄くて軽いので、大きなものを作っても、丸めてしまえば一人で抱えて運ぶことが出来る。
紙は、人間が文化的な暮らしをしている所であれば、たいがい手に入れることが出来る。

特別な道具を持たなくても出来る切り紙の造形に魅力を感じ、それらに習って作品を創り進めるうちに、これは結構、何処に行っても出来るものかもしれない。と、あの言葉を思い出した。既存の方法論や価値観に惑わされたくないともがいているうちに、いつのまにかこんな所に流れ着いていた。

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《シルシ》2016 和紙、電球 @瑞雲庵 写真:賀集 東悟

《シルシ》2016 和紙、電球 @瑞雲庵
写真:賀集東悟

《おやまさま》2015 和紙,照明 @青森県立美術館 写真:柿崎 真子

《おやまさま》2015 和紙,照明 @青森県立美術館
写真:柿崎真子


 

谷澤紗和子(たにざわ・さわこ)

美術作家、1982年 大阪市生まれ、京都市在住。
「妄想力の拡張」をテーマに、原始宗教や土着的な寓話などを参照し、切り紙、陶などの手法によって、巨大なインスタレーションや小さな人形などを制作する。
主な展覧会に「信仰ーALLNIGHT HAPS 2018 後期」(HAPS、京都 2018-2019年)「龍野アートプロジェクトinクラクフ」(日本美術技術博物館マンガ、クラクフ・ポーランド、2018)「東アジア文化都市 2017 京都ーアジア回廊 現代美術展」(二条城、京都、2017年)「高松コンテンポラリーアートアニュアルvol.5見えてる景色/見えない景色」(高松市美術館、2016 年)、「亡霊ー捉えられない何か Beyond the tangible」(瑞雲庵、京都2016年)「化け物展」(青森県立美術館、2015年)などがある。
https://www.tanizawasawako.com/