アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#131

白い紙
― 魚森理恵

(2023.11.05公開)

光を使ってさまざまな光景を作る仕事をしているので、身の回りの光の成り立ちを知りたいと思った時は、カバンから白い紙を取り出して、光の出どころを探します。
紙の上に立体物を載せるとより好ましく、陰影が生まれるので、どの角度にどんな光源があるか、直射か反射か拡散か、明るさや色など、光の要素をこと細やかに観察することができます。
はためには白い紙を持ってさまよっている謎の女なので相当怪しいと思いますが、最近は慣れてしまいました。
白い紙を手に植物園や公園などを歩き回り、植物ではなく影の写真ばかり撮っていると、おたく何してはりますのん、と声をかけてくださる方もおられて、立ち話するのも楽しいものです。

2014.4 shadowsシリーズ撮影中、まさに話しかけられた時の写真。当時0歳の娘の手と満開の桜。 photo by Rie Uomori

2014.04 shadowsシリーズ撮影中、まさに話しかけられた時の写真。当時0歳の娘の手と満開の桜
photo by Rie Uomori

大学で照明デザインを教える機会を頂いて数年になりますが、毎年学生の皆さんとこの方法で学内をさまよい歩き、個々が好きな伝達方法(絵でも、図でも、言葉でもOK)で「デッサン」をします。
美術学生が石膏デッサンに挑む時のように全身を目にして、白いモチーフがまとう無限の陰影をじっくりたどると、「白」と呼ばれる陰影と色彩の範囲は驚くほど広く、カラフルですらあることがわかります。さまざまな光景を深く観察して感度をあげたのち、任意の光景を照明機材で構築するために皆で様々な工夫を重ねると、初めて光を扱う人々も、初めて白い紙に絵を描くような新鮮さで、表情を輝かせて取り組んでくれるので、とても嬉しくなります。日常では気づかない光景の中に、試験紙がわりの白い紙をかざして見えてくるのは、人間に備わった細やかで豊かな知覚そのものなのかもしれません。

2020.10 大学の授業にて(自然光が作る「反射」を探して写真に撮る授業内課題) photo by Rie Uomori

2020.10 大学の授業にて(自然光が作る「反射」を探して写真に撮る授業内課題)
photo by Rie Uomori

私は照明デザインを生業にしています。
舞台など実演芸術の仕事が多いので、上演が終わったら消えてしまう生の作品を、その時の一番よいかたちで観客の皆さんのまなざしにお届けするのが仕事です。
視覚を伴うあらゆる芸術表現にはすべて、光の作用が伴います。照明の目的は「見よう」とする意志を、光の効果を用いて人為的にコントロールし、必要に応じた視環境を作り出すことです。実演芸術の照明デザインは、光だけでなく影や闇も意味合いと機能をもってデザインするので、「何をどのように見せるか」だけでなく「いかに見せないか」という意図も必ず内包しています。
消えてしまう表現だからこそ強く刻まれるものがあるので、何を明示し、何を暗示するかについては、慎重な相談と選択が常に必要です。

2022.10 akakilike 「捌く」@東京芸術劇場/東京芸術祭招聘作品 演出・構成:倉田翠 photo by takashi fujiwara

2022.10 akakilike 『捌く』@東京芸術劇場 / 東京芸術祭招聘作品
演出・構成:倉田翠
photo by takashi fujiwara

私が光を扱って仕事をするに至ったのは、光に関する出会いと闇に関する出来事が学生時代に多く重なったためなのですが、中でも、白い紙を用いて光の知覚を測るようになったルーツは、高校の時に描き続けた石膏デッサンと、大学2年時に専攻での授業で出会った、白黒写真暗室での「フォトグラム」でした。フォトグラムは、カメラを使用せず、印画紙の上に様々な形状や透明度の物体を直接載せて感光させ、暗室内で現像し、影の造形によってイメージを生成する写真表現の手法です。「暗室の赤い闇のなかで、引き伸ばし機の白い光が、白い印画紙を黒く染める……?」。赤と白と黒が描き出す光と闇の交錯にあてられ、私の頭はすっかり感光してしまいました。
同じころ、小さなブラックボックスの劇場で、目を開けても閉じても視界が変わらないほどの真っ暗闇を体験したり、学生時代に登った雪山で、目を開けても閉じても視界が変わらないほどの真っ白の闇を体験したことが、その感光体験をさらに強めたと思います(遭難しなくて本当によかったです)。

光もすごいけど、闇もすごいなあ、と最近改めて思い至り、ここ数年はとうとう暗闇を研究するプロジェクトも始めてしまいました。

2023.8「暗闇再考プロジェクト」@城崎国際アートセンター photo by Igaki photo studio

2023.08「暗闇再考プロジェクト」@城崎国際アートセンター
photo by Igaki photo studio

そんなわけで、最近は「暗闇属性の照明デザイナー」という謎の方向性に頭から突っ込んで暗中模索していますが、白と黒、光と闇の間にある無限の諧調を行き来する日々を保つべく、白い紙を取り出して光と影を受け止め、デッサンのように、時にはフォトグラムのようにその陰影の造形を記録することは、筋トレのように私の日々を支えています。
光るデバイスや眩しい夜に目を奪われることが増えた日々の中で、白い紙は私にとって、自らの思考法を検証・修正して現在位置を測り直す、地図のようなものです。

美しい影を見つけて写真に収めても、そこにある光について語りあっても、その白い紙には何も残りません。時にはそのまま買い物メモや、落書き用になったりします。
つくづく、消えてしまうものが好きなのかもしれません。


魚森理恵(うおもり・りえ)

兵庫県出身。京都市立芸術大学 美術学部 構想設計専攻卒業後、京都を拠点に活動する照明デザイナーとなる。表現素材としての光を暗示的/明示的に扱い、表現を上質に発現させるためのデザイン活動を国内外の現場にて行っている。
実演芸術全般・美術展示などの照明を手掛けるほか、光と知覚をテーマにしたワークショップやパフォーマンス、作品制作も行う。
近年は夜間景観や暗闇文化研究を行い、暗闇/暗がりが磨く知覚の重要性を研究すべく「暗闇再考プロジェクト」に取り組む。
kehaiworks主宰、akakilikeメンバー、京都市立芸術大学非常勤講師(2020~2023)、京都精華大学非常勤講師(2019~)。

website
https://kehaiworks.themedia.jp/