アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#84
2020.05

小さいこと、美しいこと

1 「泊まれる出版社」真鶴出版の取り組み 神奈川・真鶴町
6)内と外をつなぎ、地元にないものを運ぶ

まち歩き後、川口さんが真鶴出版近くの美容室で髪を切っていると聞き、そこに向かった。「ムードヘア美容室」という、80代の“おばあちゃん“美容師が鏡の前に立つ老舗美容室だが、この日は若い、男性の美容師がハサミを握っている。

川口さんの髪を切っていたのは、菅沼政斗さん。ふだんは神奈川県三崎にある「花暮美容室」の店主を務める美容師だ。月に1度、菅沼さんは道具一式と、雑誌と、音楽を持って真鶴にやってくる。なんと真鶴には「出張美容室」まであるのだ。
真鶴出版が外のひととまちをつなぐなかで、こんなふうに、地元にないものを運んでくることもある。

出張美容室が始まったのは2018年からだが、すでに50人もの近隣住民が顧客となり、菅沼さんが来るのを待っている。そのほとんどが、これまで都市部に出ていき、髪を切っていたという。真鶴出版も來住さん、そして息子の創くんと、一家全員が菅沼さんのお客さんだ。來住さんは「この美容室は最先端」とにっこり笑う。

まちには、ひとが豊かに暮らすための場所が必要だ。とあるアーティストは、それを「本屋、映画館、そしてパン屋」と言ったが、美容室も必要なもののひとつであるに違いない。同時に真鶴の出張美容室は、真鶴出版がつなぐ「小さな、気持ちのいい経済圏」にも入っている。

次号では真鶴出版を介したつながりのなかで移住してきたひと、地元に生まれ育ち、まちを盛り上げようと取り組むひとを通して多様な生き方の選択肢を紹介しながら、まちの変化を取り上げる。

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菅沼さんがカットしていると、ムードヘア美容室の店主が横で「わたしならこうするわね」とカット談義になることもあるそう。川口さんはまちで時おり「どこで髪切ってるの?」と聞かれるらしい

真鶴出版
https://manapub.com/
取材・文:浪花朱音
1992
年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2019年帰国。現在はカルチャー系メディアでの執筆を中心に活動中。
写真:石川奈都子
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。

編集:村松美賀子
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。2012年4月から2020年3月まで京都造形芸術大学専任教員。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。