アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#84
2020.05

小さいこと、美しいこと

神奈川県 真鶴町1 「泊まれる出版社」真鶴出版の取り組み
3)小さな「気持ちのいい経済圏」をつくりたい
「真鶴出版」川口瞬さん、來住友美さん3

真鶴出版の発信を見ていると、「小さい」「小さな」という言葉がよく使われていることに気づく。初期の仕事といえる移住促進パンフレットは『小さな町で、仕事をつくる』だし、最新の著書も『小さな泊まれる出版社』だ。そのなかでは、1号店で始めた宿泊の「実験」を「スモールスタート」とも書いている。まず、「小さな」を著書のタイトルに入れたのは、なぜだろうか。

———最初はタイトルを「泊まれる出版社」以外の言葉で考えていましたが、この言葉はタイトルにおくしかないなと思い始めて、その前後にいろんな言葉をつけて考えました。ここの思想と合っていて、物語感が出るのがいいなって思って「小さな」をつけました。(川口)

たしかに、「小さな」にはすくいきれないほどの物語性を感じる。出版から少し経った今、ふたりはこの言葉をどんなふうに捉えているのだろう。

———地球全体で考えると頭がパンクしそうになっちゃうんですけど、個人や夫婦が気持ちいいと思える有機的なつながりって、絶対にそんなに大きくないと思うんですよね。わかる範囲、感じられる範囲で、気持ちいいつながりを、みんながそれぞれ持っていられたらいいなって。その集まりがたぶん社会だと思うので、そういうのが増えていったらいいな。(來住)

———「小さな」っていうのは実は大企業でもできることっていうか。例えば大企業がお店を出してそこの店主の方が自分でその周辺とつながろうとしたり、ものをセレクトしたりしたら、それは小さなお店になるのかなと思っています。ひとがひとに属する感じかな。(川口)

『小さな泊まれる出版社』は、取次を通さず、書店に直接卸して販売している。その際に決めた、置いてもらう書店の基準も「小さい」ことだった。
仕事として効率はよくないかもしれない。けれど、自分たちのつながりで経済をまわしていくことを伝える内容にふさわしい、売り方を考えた結果だった。

———わたしたちは気持ちのいい経済圏をつくりたいというか、自分たちが応援したいひとたちに経済をまわしていきたいなって思っているんです。
2号店で使うものも、できればこの真鶴近辺でつくられているものを選びたいんですが、最低でも日本国内のものでと考えています。なるべくつながりがあるところとか、応援したい会社さんがいいなっていう思いはすごくありますね。
最初は全部をやりたくて苦しくなっちゃっていたときもあったんですけど、最近はちょっと柔らかくなりましたね。もし今ベストが見つからなくても、時間をかけて見つければいいかって。(來住)

そうするなかで、ふたりにとって、何かを選ぶことやつくっていくことも主体的な行為になっている。

———例えばわたしたちだったら本をつくることができるし、朝食にしても、どういうところとつながってどんな朝食にするのか、自分たちでつくっていけるなって感じていますね。それは小さいから決定権があるというか。小さいから選べるし、つくれるなって感じるようになったんですよね。(來住)

宿泊に含まれる朝食は、近所の喫茶店「あけび屋珈琲」のブレンド、真鶴出版に宿泊したことをきっかけに移住した「パン屋秋日和」のパン、そして來住さんお手製の野菜スープ。スープで使用する野菜は、徒歩10分の八百屋で仕入れている。在庫を持たず新鮮なものだけを仕入れる、地元のひとに人気の店だ。

ふたりのいう「小ささ」は、「自分の身の丈」ということだと思う。手の届く範囲でたしかなものを選び、自分たちの生活圏のなかでつなげていく。『小さな泊まれる出版社』も、身近なひとや、そのつながりでつくられている。そこには地元のひともいれば移住者もいるし、会社も入っていて、属性はさまざまだ。
さらに「SNSという飛び道具」(來住さん)を使えば、真鶴のようなまちや真鶴出版の活動に興味を持つ、国内外のひとにも届けることができる。「小さい」ことは決して、閉じているのではない。むしろ同じ思いを抱くさまざまなひととつながる、開かれた言葉なのだ。

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夜10時になると、來住さんは温度のチェックなども兼ねて、朝食の準備にやってくる。朝食はシンプルに、來住さんお手製のスープとパン、コーヒーが定番。ダイニングのテーブルは地元の木工作家・村上圭一さんがつくった。テーブルの脚は真鶴の海岸に流れ着いた流木。なんともロマンチック

夜10時になると、來住さんは温度のチェックなども兼ねて、朝食の準備にやってくる。朝食はシンプルに、來住さんお手製のスープとパン、コーヒーが定番。ダイニングのテーブルは地元の木工作家・村上圭一さんがつくった。テーブルの脚は真鶴の海岸に流れ着いた流木。なんともロマンチック