アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#84
2020.05

小さいこと、美しいこと

神奈川県 真鶴町1 「泊まれる出版社」真鶴出版の取り組み
5)ほどよい距離感のコミュニティ 真鶴出版のまち歩き2

まち歩きでは、地元の店を訪ねながら、真鶴の暮らしも垣間見せてくれる。
たとえば、日々の買い物。もともと真鶴では、肉屋・魚屋・八百屋の3軒がまちじゅうにあり、近くの住民が買いにくる。そうして食事をつくり、生活を営んでいた。
港と真鶴駅をつなぐように続く「おおみち商店街」は、その3生鮮食品店が今も残る唯一の商店街だ。「やっぱり、ものがいいんですよね」と來住さんは話す。
昔ながらの佇まいが味のある魚屋「魚かず」に立ち寄った。來住さんは「ちょっと買い物していいですか?」とわたしたちに尋ねてから、並んだ魚を見渡すと、ほうぼうに目をとめた。
「この魚は焼いて食べるんですか?」「そう、塩焼きにしたりね」
こんなふうに、いつも食べかたを教わっているそうだ。

駅からすぐ近くにある「福寿司」は、よく顔を出す飲食店のなかでも、ふたりにとって特別な店だ。川口さんと來住さんは真鶴に来てから結婚したが、その際、親戚を集めた食事会をこちらにお願いした。そのとき、大将がハート型のゼリーをつくって、ふたりを祝ってくれたのだという。
寿司をはじめとした魚料理はどれもおいしい。真鶴はもちろん、伊豆など周辺の港まで大将が足を運び、目利きするため、鮮度は抜群だ。

港を過ぎると、かつてまちの中心だったという「西仲商店街」に着く。「真鶴銀座」と呼ばれ、ひととひとが肩をぶつけて歩くほど賑わっていたというが、30軒ほどあった店が、現在は4軒しか開いていない。

———わたしたちが移住してからの5年間でも、20店舗ぐらい閉まっているんです。やっていけなくなったというより、次にやるひとがいないとか、もういいかなっていうひとがけっこう多いんですね。もともとこのあたりは旅館や民宿が多くて、それも地場産業のひとつでした。(來住)

移住者が増えている一方で、静かに閉じる歴史もある。
そのなかで1軒、変わらず営業している「齊藤精肉店」に立ち寄った。店を切り盛りする齊藤さんを、來住さんは「西仲商店街の太陽」と呼んでいる。いつ訪れても、変わらぬ笑顔で迎えてくれるのだ。

齊藤さんの店は肉のほかに、野菜や果物も置いている。肉・魚・野菜の3店セットがほとんどなくなってしまった今、高齢者を始め、住民にとって助かる店でもある。
この日は、小ぶりな柑橘が売られていた。「湘南ゴールド、っていうんですよ。酸っぱくなくておいしいですよ」と來住さんが教えてくれる。こんなふうに、どの店に行っても、來住さんはそこで一番おいしいものや、品揃えの個性などを把握している。それはガイドブックに載っているような、一般的な情報ではない。川口さんと來住さんが、真鶴を愛おしむまなざしから見つけたり、引き出したりしたものである。

それができるのはこのふたりだからということと、やはり、まちが「小さい」からだと思う。そして「小さい経済圏」のなかにいると、他人のこともひとごとではなく、自分ごとになる。
齊藤さんの店で、來住さんは「何か買って帰りたい」と小さくつぶやき、ブロッコリーと菜の花を買っていた。そうした気遣いも、「気持ちのいい経済圏」を成り立たせる、ささやかながら大切なことだと思った。

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新鮮でおいしい魚を扱う「魚かず」さんで、いつもの買い物

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「ここは鯖をつかったハンバーグとか、お惣菜がおいしくて。お客さんは地元の方も、遠方の方もおられます」來住さんはどの店のことも、本当によく知っている

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福寿司さん。ふたりが大好きな飲食店のひとつ。「地魚の海鮮丼はもちろん、天丼もおすすめ」

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齊藤さんは、來住さんが妊娠して心細いときも、何かと気遣ってくれたお母さんのようなひと。「わたしたち(移住者)のこと、本当によく見ていてくださるんですよ」