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#125

京都の地で、日本酒のちょうど良い愉しみ方を
― 益田 藍

(2023.04.09公開)

京都市内で、日本酒を気軽に愉しめる店舗を経営する益田藍さん。8年前に日本酒好きが高じて始めたお店には、地元の常連客や観光客、外国からの旅行者など多くの人が集う。
「みんなが気軽に入れるお店にしたかった」という益田さんの思いは叶い、ひとりでしっぽり飲む人、片言の英語で京都の情報を教える人、馴染みの顔と偶然再会して話に花が咲く人たちなど、みな思い思いに日本酒を傾けながら愉しいひとときを過ごす。お店だけにとどまらず、コワーキングカフェやアート作品の展示空間など、さまざまなシーンで日本酒を絡めてその魅力を発信している。
京都の地を大切に、地元の蔵元と信頼関係を築きながら「日本酒のちょうど良い愉しみ方」を考え続ける益田さんにお話を伺う。

2015年にオープンした1号店「益や酒店」

2015年にオープンした1号店「益や酒店」

———まずは益田さんが展開されているお店についてご紹介いただけますか。

「益や酒店(ますやさけてん)」「サケホール益や」「カモガワ アーツ&キッチン」の3店舗が、日本酒とお食事を愉しめる場所としてあります。
1号店として2015年にオープンしたのが「益や酒店」なんですが、当時はいろいろな種類の日本酒を気軽に飲めるお店が少なく、大衆的居酒屋か、ちょっと高いお店ばかりでした。その中間を狙い、若い世代の方が気軽に日本酒を愉しめる場所を目指して「日本酒バル」として打ち出したのが始まりです。カウンター越しにマスターと話をするようなバーや、料理人の名前が看板となるような料亭ではなく、スペインバルのように小料理を摘みながらお酒を飲み、ひとりでも複数名でも気軽に入れる「いいぐらいの距離感」を感じられるお店が理想でした。仕事帰りにふらっと立ち寄って、1、2杯飲みながら少し話してパッと帰っていく。そんなスタイルで日本酒を愉しめるよう、常時40種類以上を取り揃えたラインナップは、試しやすい少量から提供しています。
その2、3年後には、京都市内烏丸エリアに「サケホール益や」を開業しました。こちらは古い町家を改装し、もう少しゆったりと過ごせるように、庭を眺めるテーブル席や蔵を使った特別感のある個室、グループ用のコース料理なども用意しています。

より多くの方にご利用いただけるよう、さまざまな座席を用意する「サケホール益や」

より多くの利用シーンに向けて、さまざまな座席を用意する「サケホール益や」

2020年には3階建ての一棟で「カモガワ アーツ&キッチン」をオープンさせました。1、2階がカフェ、最上階が事務所スペースになっています。カフェ営業の他、「益や酒店」や「サケホール益や」のお料理も一部提供しています。また、京都を中心に活躍するアーティストの作品を建物内に展示し、ホワイトキューブではなく日常の中でゆっくりアートを味わえる空間にもなっています。

緑とアートに囲まれたカフェバー「カモガワ アーツ&キッチン」

緑とアートに囲まれたカフェバー「カモガワ アーツ&キッチン」

———昔から、日本酒を提供するお店を開きたいと考えていたんですか? 

日本酒は父が好きで実家には常にお酒があって、私の日常に溶け込んでいました。私自身は学生時代に和食屋でアルバイトをした際に日本酒の美味しさを知りました。
大学卒業後に新卒でディスプレイデザイン会社に就職し、設計と施工を担当していたのですが、お客様の店舗をたくさん手掛ける中で日本酒を主役に据えたお店をいつか作ってみたいという思いが芽生え、それを形にしたのが「益や酒店」です。
前職の経験もあり、設計・施工などに関してはサポートしてくださる方が多くいましたが、料理人や現場スタッフなどは一から探して開店に漕ぎ着けました。

———益田さんは京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)建築デザインコースを卒業されていますが、当時のご経験が卒業後に活かされていることなどありますか。

私はもともと大きな括りとして「ものづくり」が好きで、日本画などにも惹かれたんですが、とりわけ「心地良い空間」というものに対する興味が強かったので、建築デザインコースを専攻しました。
美大生なら誰もが体験してると思うんですが、実際に大学に入ってみると予想以上に課題が多くて、それと格闘する毎日でした。でもそのおかげで、期日までにきちんと終わらせるという意識が自分に染みつきましたし、課題中にどこかでつまずいても、そのリカバリー方法を試行錯誤しながら学べたことは大きな財産です。
新卒入社した会社では、設計・施工・積算・現場管理などを1人で担当することが多く、学生時代の経験がたくさん活かされました。イメージ的には1人工務店の社長みたいな感じで、外注先のガラス屋さん、電気屋さん、表装屋さんなど、みんなをまとめながら仕事をしていました。
空間を把握する能力や、デザイナーとしての腕は現場に出ないと身につかないものですが、仕事の進め方の原点をたくさん味わえた学生時代です。

———モダンで落ち着いた店内には手づくりのぬくもりも感じられ、どこか隠れ家のような印象を受けます。店舗設計の際には、どんな点を意識して“心地良い空間”づくりに取り組まれたのでしょうか。

例えば、「益や酒店」は長方形ですごくシンプルな空間だったので、どう狭いところでうまいこと見せられるかを考え、店舗で扱っている日本酒を壁面に設置してみたり、壁の黒板には日本酒情報を手書きで紹介しています。壁に並んだ日本酒はディスプレイの機能だけではなく、冷酒以外は実際に提供するお酒を並べ、スタッフが壁から瓶を取り出してお客さんに注ぎます。

壁面に陳列された一升瓶と、日本酒について丁寧に書かれた説明

壁面に陳列された一升瓶と、日本酒について丁寧に書かれた説明

「カモガワ アーツ&キッチン」は3層吹き抜けの建物で、それ自体が最初からすごく素敵な空間だったので、大きく手を加えたというよりは空間を最大限活かすため、植栽とアンティークの調度品を足すだけに留めました。この店舗ではアート作品の展示もしていて、年3、4回の企画展を通して作品販売もしています。コワーキングスペースとしても利用できるので、お仕事をされる方の利用も多いですね。吹き抜けの開放的な空間で、お客さんが珈琲や日本酒、アート作品を自分なりの愉しみ方で堪能できる場所です。

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吹き抜けの店内は、京都に所縁のある作家の作品でいつも彩られる

吹き抜けの店内は、京都にゆかりのある作家の作品でいつも彩られる

———実店舗だけではなく、コロナ禍においては新たな商品開発にも着手されたそうですね。

コロナ禍で店舗営業がストップしてしまった時に、物販を通して新たな形で益やの魅力を届けていこうと思いました。私たちだけがコロナの影響を受けているわけではなく、飲食業界全体が大変な状況だったのであまり悲観的にならず、余裕があるこのタイミングでそれまでやりたかったけどやれていなかったことに注力できたのは良かったですね。時間がちょっと止まったような、そこに集中できた期間でした。
具体的には、日本酒と益やのアテをセットにしてギフト用にしたり、日持ちするお土産を準備しています。世の中にプレゼントは色々とありますが、お酒が好きな方に贈るちょっとしたものってなかなか最適なものが無い気がしていて、かわいらしくて女性がプレゼントされても嬉しいものを意識して作っています。牡蠣やホタテ、いぶりがっこのポテサラなど、居酒屋のおつまみのような内容なんですが、パッケージを工夫して居酒屋らしからぬイメージでギャップを演出し、贈り物としてもマッチする商品を販売予定です。

「益や酒店」の新業態として誕生した、おつまみブランド「益や製菓」

「益や酒店」の新業態として誕生した、おつまみブランド「益や製菓」

人気メニューを常温で持ち運びしやすいよう加工したおつまみギフト

人気メニューを常温で持ち運びしやすいよう加工したおつまみギフトを揃える

また、外国人観光客が多い京都なので、軽さや日持ちを前提に、日本の京野菜などを使った商品も考案中です。店舗では廃棄されてしまう出汁を引いた後の昆布、柑橘類や野菜の皮やヘタなどを揚げて、ふりかけとして商品化したり。実店舗の実態や経験を活かしながら、商品企画に取り組んでいます。
さらに、そういった食品と一緒に愉しめるように、京都の蔵元さんのご協力を得てオリジナルの一合缶(180cc)を製作し、帰りの新幹線で気軽に楽しんでもらえたらと考えています。

人気酒蔵(松井酒造、城陽酒造、白杉酒造)とコラボしたオリジナルの日本酒一合缶

人気酒蔵(松井酒造、城陽酒造、白杉酒造)とコラボしたオリジナルの日本酒一合缶

———新規事業をはじめ会社としても規模が大きくなる中で、益田さんが大切にされていることを教えてください。

いろいろとありますが、スタッフが働きやすい環境を作っていきたいと考えています。
私は現在、バックオフィス業務や、EC・物販事業を中心に担当していますが、代表としてスタッフみんなの査定や社内の評価制度、職場環境を整えたりもします。そのひとつとして、女性が働きやすい状況を作りたいという思いがあります。飲食店は夜間帯の業務が中心になるので、時間的な制限を有するママさんを採用するのはなかなか厳しいのが現実です。私自身も、出産・子育てを見据えた上で計画的に店舗を拡大したり、日中でも作業ができるEC・物販業務を始めた経緯があります。私が不在でも会社が回る状況が整えば、スタッフみんなもサポートしあって働ける土台ができると思っています。
みんなが長く活躍してくれる会社にするため、出産や子育てでキャリアがストップしなくて済むよう、誰もが長く勤められる職場にしていこうと整備しています。

———最後に、益田さんの今後の展望をお聞かせください。

現在準備中の商品たちを完成させ、この春からは直販に力を入れていこうと思っています。
現在もジェイアール京都伊勢丹に卸はしているんですが、4月には京都タワーの商業エリア・KYOTO TOWER SANDOの1階に直販の店舗「益や製菓」を構えます。今まで以上に京都駅周辺での物販をアピールするため、小さな店舗も増やしていく予定です。
日本酒の知識がない方でも、ちょうど良い距離感で自分なりの取り入れ方を見つけみんなに愉しんでもらえるよう、これからもさまざまな取り組みを通して日本酒の魅力を届けていきたいと思っています。

2023年4月にオープンする「益や製菓」の店舗イメージ

「益や製菓」の店舗イメージ

帰りの新幹線や、お土産・プレゼントのシーンに日本酒を提案する

帰りの新幹線や、お土産・プレゼントのシーンに日本酒を提案する

取材・文 鈴木 廉
2023.02.21 オンライン通話にてインタビュー

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益田 藍(ますだ・あい)

2007年 京都造形芸術大学 環境デザイン学科 建築コース卒業
2007年〜2013年 株式会社スペース にて設計施工に従事
2015年 益や酒店 開店
2017年 サケホール益や 開店
2020年 カモガワアーツ&キッチン 開店
2023年4月  益や製菓 販売開始
現在、2人の子供を育てながら株式会社益屋(京都)を経営


ライター|鈴木 廉(すずき・れん)

美術大学でアートマネージメントを専攻し、学芸員資格を取得。2021年よりフリーランスのコミュニティマネージャーとして活動中。