(2019.12.08公開)
京都市役所前にあるフィットネススタジオ、valor(バロー)を経営する越本佳世子さん。自らもフィットネストレーナーとして多数の実績があり、スタジオを訪れるひとの体力づくりを支えている。ところが学生時代、越本さんはスポーツとは無縁で、体を鍛えていたわけでもなかった。それがなぜ、卒業後にフィットネストレーナーになり、自らスタジオを構えるまでになったのだろうか。話をうかがうと、学生時代に打ち込んでいた舞台芸術とフィットネスの意外な共通点がみえてきた。
———京都造形芸術大学を卒業されたそうですが、在学中はどんなことに力を入れていたのでしょうか?
大学では舞台芸術学科を専攻しました。やっていたことといえば、舞台の自主制作公演のことばかりでしたね。演技などの実技の授業は、単位にならなくてもできる限り出席していました。座学のほうはほとんど受けていませんでしたが(笑)。当時はそれくらい好きなことをやらせてもらえる時代で、同級生3人で“chikin”というチームを組んで、毎年3、4回は自主制作公演を打っていました。舞台は制作から出演まで、チームの全員がすべてこなしていました。
それくらい舞台に打ち込んでいたのですが、ある日ふと「自分は意味のあることをやっているのかな」と疑問に思ったんです。公演は劇研など京都の劇場でやっていたのですが、何度もやっていると観客の顔ぶれが大体同じということに気づきました。何度公演しても、みてくれていたのは京都や関西の演劇好きの限られたひとだけでした。
———それから、どのような経緯でフィットネストレーナーになったのでしょうか?
演劇の世界で活動していても、何も広がっていかないというか、ずっと同じところにいるような“停滞”を感じるようになりました。それから、今思うとなんでそうなったのかわからないのですが、当時やっていたバイトも演劇もやめてニートのような状態になったんです。
ただチームのメンバーとは会っていて、あるときその中のひとりから「スポーツクラブで働くのが向いてるんじゃない?」って言われたんです。わたしは中学では陸上部でしたが、高校、大学は特に運動はしていませんでした。でもひとの体や筋肉に興味があって、筋肉をみるのが好きだったんです。「向いている」と言われてから気になりだして、友達のツテを頼って、コナミスポーツクラブでインストラクターのアルバイトを始めました。
———演劇とは関係ないようなお仕事ですが、やってみてすぐに「向いている」と感じましたか?
そうですね。スポーツクラブでの仕事はとても楽しくて、ほぼ毎日働きに行っていました。なんというか、水が合っていたんです。そして何かがうまくいくときは、転がるように進むんですね。上司からの信頼も得て、基本業務からスタジオやプールでの指導、シフト管理などあらゆる仕事を任せられるようになりました。研修なども積極的に受けて、フィットネストレーナーとしての知識もどんどん増えていきました。「どうしてもなりたい」とはじめたわけではなかったのですが、気がついたらフィットネストレーナーになっていたという感じですね。
———フィットネストレーナーのお仕事で、特に何が楽しいと感じたのでしょうか?
“感動の共有”です。演劇をやっているとき、それがいちばんの目的でした。公演をしていると、「今回はすごくうまくいった」と感じることがあります。そんなときは舞台上のわたしたちも観客もひとつになって、その場で起こっていることを通じて、感動を共有しているという感覚があるんですね。
スポーツクラブのレッスンでも、同じようなことが起こるんです。トレーナーとして働く前に、お客さまに混じって体験レッスンを受けました。多くのひとが音楽に合わせて同じ動きをする、ダンスのようなプログラムでした。そのとき、スタジオ内にすごく心地いい一体感があって、まさに“感動の共有”だと思いました。
しかも運動すると健康になりますし、私にとっては、演劇界でグダグダ悩んでいるよりも、よっぽど有意義だと感じました。そしてフィットネストレーナーになってからも、お客さまとの“感動の共有”を目指すようになりました。
———フィットネスでの“感動の共有”とは具体的にどんな状態なのでしょうか。
気持ちがひとつになるんですよ。スタジオ内に年齢も性別も違うひとたちがいて、たとえその場ではじめて会って、ただわたしの方を向いて音楽に合わせて動いている。それだけで、レッスンの終盤になると、何ともいえない一体感が出てくるんです。あまりスピリチュアルなことを言うのは好きではないのですが、その一体感をエナジーの共有「シェアエナジー」と表現することもあります。
きついレッスンのほうが、一体感は生まれやすいですね。マラソンのようにずっと動き続けるプログラムがあります。走ったり、ジャンプしたり、腕立て伏せをしたり、連続で一時間動き続けます。みんなヘロヘロになったところで、最後にいちばんきついことをします。するとみんな必死になって、体力も限界になり、ことばも交わしていないのに自然と仲間意識が生まれます。お客さま同士もそれは感じているはずです。
学校の文化祭でも、みんなでがんばっていると一体感が出てきますよね。そこで恋が生まれることを文化祭マジックなんて言ったり(笑)。ああいう感じに近いですね。
ただ、その一体感が生まれるかどうかは、本当にちょっとしたことで変わると思います。例えば、自分が言ったひとことがお客さまに響いたかどうか、発した声が音楽をかき消してしまわなかったかどうか、お客さま自身のテンションが高いか低いか。そういったことがうまく合わさると、感動が共有できるレッスンになります。
———その後、フィットネススタジオvalorを設立したのはなぜでしょうか?
2016年に独立して、翌年にこのジムを開きました。そのきっかけのひとつが、本当に運動が必要なひとに運動をしてほしいと思ったことです。第一線で働いている30代や40代の方たちは忙しいので、運動することになかなか時間が割けないですよね。だから運動不足になって、肉体的にも精神的にも不調になりやすいんです。不調を抱えた働き盛りのひとたちが増えると、その地域の活力もなくなってしまいます。ですから働き盛りの世代のひとたちが運動で健康になって、少し大きなことを言うと、日本全体がもっと元気になったらいいと思っています。
だから忙しいひとでも通いやすい工夫をしています。たとえば、できるだけ遅くまで開けていますし、月会費だと元が取れないと心配される方のために回数券制も用意しています。それに日本のスポーツクラブではほぼやっていないと思いますが、うちではレッスンの途中で入退場が可能です。例えば用事があって5分早く退出したいだけなのに、参加できないというのは非効率ですよね。そういった非効率なことを極力そいで、合理性を高めたシステムをつくりました。
———valorでは、女性のお客さんの割合が高いそうですね。女性に来てもらうことも意識しているのでしょうか?
そうですね。特に働く女性にお越しいただきたいですね。以前、ある女性のお客さまに伸びのポーズを紹介しただけで、とても喜んでいただけました。いつも忙しく、運動不足で血流が悪くなり、体が凝っていたんですね。わたし自身も働く女性ということもありますし、日々がんばっている女性たちにもっと気軽に運動して元気になってもらいたいです。
10年以上おつき合いのある女性のお客さまは、最初ほとんどスポーツの経験がなく、運動するのが不安だとおっしゃっていました。その方に一対一のパーソナルトレーニングを続け、今ではランニングや山登り、水泳など、さまざまな運動に挑戦されるようになりました。片頭痛や肩こりも解消できて、はじめとは別人のようなアクティブな女性に変わられました。そうしたお客さまの変化をみるのも、大きなやりがいですね。
———valorではどのようなトレーニングを行っているのでしょうか?
うちのスタジオでは、一対一のパーソナルトレーニングか、複数で実施するグループレッスンという、大きく分けると二通りのことを行っています。
パーソナルトレーニングは、その方の体のお悩みなど、目的に合わせた内容の運動を処方します。筋力強化から柔軟性アップまで、さまざまな運動を組み合わせて、その方だけのメニューを行っていただきます。つきっきりなので、余計なクセなども細かく修正することができるんです。
グループレッスンは、すでに動作などが決まっているプログラムをグループで行います。うちでは、ファンも多いレズミルズ(Les Mills)というニュージーランド発のプログラムを導入していますし、ヨガや骨盤体操など、わたしが自分の理論に基づいて作成したプログラムも提供しています。
日本人は欧米人よりシャイな方が多いので、パーソナルトレーニングの需要があります。ただ先ほどお伝えした“感動の共有”は、グループでビートに合わせて激しい動きをするレズミルズのクラスで起こりやすいですね。この楽しさや効果というのは、やっぱり体験してもらわないとわからないと思います。わたしが指導する回に体験しに来てみてください。できれば、というより、マストでお願いします(笑)。
———たしかに体験しないとわからないですね。ぜひうかがわせていただきます。鴨川のほとりでフィットネスを行うイベントも実施しているそうですが、はじめた理由をお聞かせください。
鴨川レズミルズのことですね。去年の9月から定期的に開催しているフィットネスイベントで、名前のとおり鴨川の広場でレズミルズを行います。もっと多くのひとに気軽に運動してほしいという思いから、青空のもと誰でも無料で飛び入り参加できるイベントをはじめました。
通りすがりで参加してくれるのは、今のところ外国の方だけですが(笑)。はじめの参加者はトレーナーをのぞいて2人だけだったのですが、ジムに通っているお客さまがご家族や友人を連れて来てくださって、最終的には20人ほどになりました。オープンな場所なので、気軽に体験してみてほしいですね。
———最後に、今後の展望をお聞かせください。
先ほどもお話ししたとおり、第一線で働いている世代の方にもっとお越しいただきたいです。立地もふらっと立ち寄りやすいところにありますし、さらにここに来たくなる環境をつくりたいですね。
そのためにも、自分の今期のテーマを「スーパーローカライズ」と決めています。超地域密着型ということです(笑)。ちょうど今日(取材当日)、ここにテレビを設置したのもそのためです。ここに居合わせた方たちが一緒にスポーツ観戦などができるようにしたいと思っています。今はラグビーが盛り上がっていますし、来年にはオリンピックがあります。ことばを交わして直接コミュニケーションできる場をつくり、ここを一種のコミュニティスペースにしたいんです。
ただ黙々と運動をして、一言もしゃべらなくてもいいクールなジムが流行っているようですが、うちはそれとは違うやりかたで、居心地のいい空間をつくろうと思います。飲食店にたとえると、ことばを交わさなくてもいいチェーン店ではなく、老舗の喫茶店とかバーのような感じですね。
最近、団地住まいを希望する若いご夫婦が増えているそうです。今はSNSで簡単にひととつながることができますが、直接コミュニケーションがとれる環境を多くのひとが求めているんだと思います。そういう環境をつくって、多くのひとに来ていただき、心身ともに元気になってもらいたいですね。
後日、レッスンを体験して
インタビューの後日、越本さんが指導するグループレッスンを体験させていただきました。筋トレがメインで、複雑な動きをしないプログラムだと聞いて安心していましたが、途中からふらふらになり、数日間、全身が筋肉痛になるほど効果的なものでした。10名ほどの参加者とともに、テンポのいい音楽と越本さんの掛け声を聞いていると、つらくても体が動きます。お話に出ていた「感動の共有」は、さらに慣れてスムーズに動けると実感できるように思います。今回はそこまで到達できなくても、言葉を交わしていない参加者たちと、なんとなく一体感のようなものを感じられました。
インタビュー・文 大迫知信
2019.10.29 valorにてインタビュー
越本佳世子(こしもと・かよこ)
1984年8月18日生まれ
京都女子高等学校、京都造形芸術大学出身
2009年よりコナミスポーツクラブにてフィットネスインストラクターとして活動。
何百という個別指導を担当する中、機能解剖学やヨガ、ピラティス、トレーニング、栄養学を学び2016年に独立。
自身の運動経験も合わせ、広い視野で個別性に富んだ指導に定評がある。
2016年11月京都に株式会社valorを設立。
2017年3月valor-fitness studioオープン。
以降プレイングマネージャーとして、スタジオレッスン、パーソナルトレーナーとして担当、活躍中。
2017年10月lesmills(レズミルズ)プログラムbody attackのエリアトレーナーとして認定。
2018年12月には正式にナショナルトレーナーに認定。
valor-fitness studio
https://www.valor-fitness-studio.net/
ライセンス
シバナンダヨガ
陰ヨガ
アナトミック骨盤ヨガ
レズミルズ ボディアタックナショナルトレーナー
レズミルズ ボディステップ
レズミルズ ボディバランス
レズミルズ ボディパンプ
レズミルズ シバム
レズミルズ グリットシリーズ
運動歴
陸上800m
マラソン
トレイルラン
カポエラ
ヨガ
大迫知信(おおさこ・とものぶ)
大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。大阪在住のフリーランスライターとなる。経済誌『Forbes JAPAN』や教育専門誌などで記事を執筆。自身の祖母がつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト「おばあめし」を日々更新中(https://obaameshi.com/)。京都造形芸術大学非常勤講師。祖母とともにNHK「サラメシ」に出演。京都新聞(19年10月13日朝刊)に祖母とおにぎりのエピソードが掲載される。