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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#135

忘れていた自分に向き合う、町家の時間をデザインする
― 町家由美子

(2024.02.11公開)

金沢市野町(のまち)にある「町家salon&stay 初華 ui-ca」のオーナー・町家由美子さん。町家さんは歴史的な景観が色濃く残るこの地で、築130年を超える町家で宿を営みながら、金沢への移住希望者や古民家を活用した開業志望者へのアドバイザーも務めている。「和への回帰」をテーマに、伝統的な町家の意匠を丁寧に受け継いだ宿は、新鮮さと同時に、不思議と懐かしい感覚を呼び起こす場所だという。旅が終わっても日々に残る大切な時間をいかにデザインするか、その舞台裏を伺う。

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———町家さんが営む「町家salon&stay 初華 ui-ca」とはどのような場所か教えてください。

初華(ういか)は、1日1組限定の町家の宿です。エリアとしては、寺町台の伝統的建造物群保存地区にあって、近くには忍者寺と呼ばれる妙立寺兼六園21世紀美術館と3大スポットがありますね。
建物としてはちょうど築130年を超えていて、明治大正昭和平成と、増改築を繰り返しながらまちと共に成長してきた建物です。昭和の改装が一番色濃く残ってるんですけど、そういった部分を建物の歴史と捉えて、改修をするにしても直しすぎないように整えて使っています。前の持ち主の方が紙や文房具のお店をされていたので、飾り付けには紙を使ったり、2階のお部屋では窓の障子を開けると隣の部屋が現れるという、まるで隠し部屋のような構造もあって、ぐるぐるとお子さんが走り回って喜んでくれるような、面白い間取りだと言われますね。
町家の特徴は、やっぱりまちとの距離感が近いところですよね。うちは元々町人の家で、格が高い町家というわけではないのですが、長細いつくりなので奥の方に行ったら静かだし、お店と住居、その間がよく考えられてデザインされている感じがします。

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ふみの間

ふみの間

ふみの間から見える月照時

ふみの間から見える月照寺

———おおらかで落ち着く佇まいの空間ですよね。

昔から、古いお家が無くなっていくことに寂しさも覚えていたので、「和への回帰」という思いがずっと自分の中にあって。古いお家は新鮮な場所でありながらも、私たちの記憶を何か呼び起こすんですよね。非日常なんだけど、懐かしさを感じるというか。海外から来られた方も懐かしいと言われるんですよ、面白いですよね。どうしてでしょう、木が多いからですかね?
この場所が、忘れていた自分を取り戻せる場所になってほしいと思います。忙しい日々の中で忘れていた本来の自分や、大事な方と改めて向き合う時間を持つことで、人生の棚卸ができたり、これからの人生に必要なものを築けるきっかけになったら嬉しいですね。あとは、あのときは楽しかったなと、また日々を頑張る活力になるような記憶に残る場所になればと思っています。
家族で会話をしていただきたいので、部屋にはあえてテレビを置いていないんです。個室にこもるようになって家族の会話がだんだんと無くなっていった中で、ここで過ごしたおかげで家族の時間が取り戻せました、と言っていただいたこともあって、すごく嬉しかったです。

群青の間

群青の間

———「群青の間」は壁一面が群青色ですが、これは元々のしつらえですか。

群青色に塗ったんですよ。金沢では、群青色の壁は漆喰壁より更に格が高いんです。当時はラピスラズリを使っていたそうです。兼六園の中に、13代藩主斉泰が母のためにつくった成巽閣(せいそんかく)という隠居処があって、その中で使われたのが最初なのですが、大正ぐらいから町民にも下りてきたので、金沢の人たちは町家というと群青の間をつくりたいと言いますね。
「ふみの間」では、もともとこの場所が紙屋さんだったことから文箱(ふばこ)を置いています。ここは床の間だけ朱壁なんですけど、朱色は女性を綺麗に見せてくれる色ということで、町家では多い意匠です。「鶯(うぐいす)の間」では元々の薄い緑色の壁をそのまま使っているのですが、これは町家の壁に最もよく見られる色なんです。

ふみの間の朱壁

ふみの間の朱壁

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鶯の間 窓の障子を開けると、群青の間が現れる面白い間取り。昭和初期の増築の名残だ

鶯の間
窓の障子を開けると、群青の間が現れる面白い間取り。昭和初期の増築の名残だ

伊勢形紙をモチーフにした和の壁紙を使ったり、全部漆喰にするのはお金がかかりすぎるので、ペンキのところと漆喰のところを分けていたり、壁ひとつにも色々と工夫があります。
全ての部屋に掛け軸がかけれるようになっているのは、昔の方々の粋なところですよね。私の祖父の家にあった掛け軸も使わせてもらっています。初華の裏コンセプトは「受け継がせてもらう」ことなんです。お風呂のタイルは今の時代の感覚にない色使いがすごく可愛いと思ってそのまま使っていますし、古いお家を掃除するイベントに参加した際にいただいた家具を使ったり、お雛様を譲ってくださる方もいて、ひな祭りの時期には土間に飾っていますね。

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———初華という屋号に込められた思いを教えてください。

ゲストハウスを開業する10年くらい前に、同名の雑貨を取り扱うカフェをビルのテナントで営業していました。その時から、和への回帰というコンセプトは共通していました。古いもの、新しいものに触れながら、自分をときめかせる、リラックスした時間を過ごしてほしいという思いをこめた初華という屋号は、初々しく、華やかに自分を開くイメージの造語なんです。
雑貨カフェをしている時から漠然と、将来的には絶対町家を買って、子育てをしながらでも、やりたいことを全部詰め込んだ場所をつくりたいと思っていたんです。

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———そこから2016年の7月にオープンとなるわけですね。開業まではいかがでしたか。

町家を購入できたのは良かったのですが、ただ宿泊施設としての開業までは、家庭の事情もありトントン拍子とはいかなくて。斯業経験の浅さから融資もひとつの壁となりましたが、起業塾へ参加して事業計画をブラッシュアップしたり、公的な起業相談窓口から話を通してもらった結果、融資も無事に通り開業することができました。
開業前の1年ぐらいはワークショップやセミナー、マルシェなど、様々なイベントをすることから始めました。そこで地域の皆さんと交流しながら、久しぶりに会った友達同士が会話をしている姿を見て、私は人が本来の自分を取り戻したり、リラックスできる時間を提供することが嬉しいんだなと、コンセプトが徐々にまとまっていったんです。
同時期、開業準備のタイミングで、京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)の通信教育部に在学していたので、そこでは「時間のデザイン」というテーマについて考えながら、町家に訪れてくれた方々の気持ちに寄り添って、それぞれの心に残る金沢時間を提供するために自分に何ができるかを組み立てていきました。

ゲストハウス開業前(2015年〜2016年はじめ)は、地域の方々とのイベントスペースとして機能していた

ゲストハウス開業前(2015年〜2016年はじめ)は、地域の方々とのイベントスペースとして機能していた

———今回の取材は2024年の元日に起きた能登半島地震から間もなくのタイミングです。金沢市内周辺のご状況はどうでしょうか。

初華のある野町は、被害状況が大きい奥能登からは100キロぐらい離れていますので、物が落ちてきた程度の被害にとどまりました。地震が起きた時はお客様がすでにチェックインをされていて、私自身は震源地に近い場所での車移動中だったのですが、すぐにお客様に連絡をしました。今は県とやり取りをしていて、被災された方が泊まれる場所になれたらと、2月はお部屋を空けています。地域の宿泊業者も、みんなできる範囲で動いていますね。

———宿泊業をされている方々の連帯があるんですね。町家さんから見てどのようなまちですか。

移住セミナーの場でもお話をするのですが、ここは旧市街になるので割と長く住んでいる方も多くて、本当にみんな顔見知りになるのでね、地域全体で子育てをするような雰囲気もあるんです。開業当時は娘が小さかったのもあって、受け入れてもらえやすかったのかなとも思います。温かいまちだと思いますよ。

初華のほど近くの名所・六斗の広見からの夕景

初華のほど近くの名所・六斗の広見からの夕景

———伝統的建造物群保存地区では、古い家を壊したり、開業することに制約があるのでしょうか。

伝統的建造物群保存地区としては、改修や新築の際にはまち並みを守るため、外観は自由になんでもというわけにはいかなくて。そのための補助金をいただけることもあり、前もって市に申請を行い、有識者協議会による審議を受ける流れになっています。開業に関しては、保存地区だからという制限はありません。ただ旅館業の許可に関しては、金沢市のまちづくりとの兼ね合いで、地域の皆さんにもちゃんと納得してもらってからにしてくださいね、と順を追って段階を進めていきました。
宿泊施設は、外部から様々な人をそのエリアに呼び寄せる場所でもあります。施設によっては火事のリスクも高めるかもしれませんね。そういう部分でどうしても周辺に住む人々の理解を得るために、話し合いが絶対に必要なんです。
私の場合はありがたいことに、開業に際して周囲の方々から反対を受けることはなく進めることができました。開業前からイベントを通して、どういう人がこの土地に来て商売をするのかを伝えられていたからだと思います。

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夢のひとつでもあった、初華での展覧会は大学のご縁から叶った。絹彩画(きぬさいが)という絹布を用いた独自の技法で絵を描く作家・前野節さん(右)の展示にて。前野さんは町家さん(左)の芸術教養学科の先輩にあたる

夢のひとつでもあった展覧会開催は大学時代のご縁から叶った。絹彩画(きぬさいが)という絹布を用いた独自の技法で絵を描く作家・前野節さん(右)の展示にて。前野さんは町家さん(左)の芸術教養学科の先輩にあたる

———大きなホテルとは違って、オーナーと宿泊客の距離感が近く、ゆえにオーナーの心遣いをダイレクトに感じられる場所ですよね。

お客様にはお帰りの際に、いい意味での「心残り」を感じるようなことを一つでもお伝えしようと思っていますね。また来たくなっていただけるように。次はこのあたりも面白いですよと、金沢だけではなくて石川県内の他のところをおすすめもします。またうちにお泊まりじゃなくても、金沢にいらっしゃるときはいつでもご連絡くださいねとお伝えしたり、ラインで繋がらせていただいてやり取りもしています。
これは通信教育部で時間のデザインについて考えたことからなのですが、旅は宿を申し込んだ瞬間からもう始まっていると私は思っていて。宿泊前のメールのやり取りで、金沢にどういう目的でいらっしゃるのか、またはどういったテーマでいらっしゃるのかをお聞きしています。その上でお客様ができること、私が手伝えることをお伝えする。結構おせっかいなコンセプトかもしれないんですけど(笑)。うちのような一棟貸しスタイルの宿には、お客様もどうしても不安を感じるかもしれません。だから顔までは見えなくても、はじめにこちらのひととなりが見えると、来やすいのかなと思うんですね。逆に必要以上にやり取りを好まない方もいると思うので、そこは見極めながら。やっぱりハード面だけではなくて、ソフト面が旅ではどうしても印象に残りやすいですから。

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初華を開業してからこれまで、ゲストハウスを開業されたい女性の方々を3件サポートしてきました。彼女たちともコンセプトづくりから一緒にアウトプットし合っていったんですけど、その人だからこそできること、その場所だからできることが合わさったとき、オーナーさんとハードの組み合わせで、ゲストハウスの持つストーリーはどのようにも変わってくると思います。
古民家や町家を使って何かをやりたい方はいっぱいいらっしゃると思っているので、私にできることがあれば、これからもお手伝いをしていきたいと思っています。

取材・文 辻 諒平
2024.01.09 オンライン通話にてインタビュー

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町家由美子(まちや・ゆみこ)

大分県出身。
築132年の記憶を持つ小さな町家で、非日常だけれども懐かしい郷愁体験を提供。
1日1組限定だからこそ出来るきめ細やかさを重視し、旅行者の金沢滞在の理由に寄り添うアテンドやしつらいにて、ガイドブックでは出会えない金沢を紹介する。いしかわ県移住応援特使。

町家salon&stay 初華 ui-ca
https://www.machiya-uica.com/


ライター|辻 諒平(つじ・りょうへい)

アネモメトリ編集員・ライター。美術展の広報物や図録の編集・デザインも行う。主な仕事に「公開制作66 高山陽介」(府中市美術館)、写真集『江成常夫コレクションVol.6 原爆 ヒロシマ・ナガサキ』(相模原市民ギャラリー)、「コスモ・カオス–混沌と秩序 現代ブラジル写真の新たな展開」(女子美アートミュージアム)など。