アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#38

キャンバスに漂着させる、“わたし”の眼差しの風景
― 津上みゆき

(2016.01.05公開)

 画家・津上みゆきさんは、一貫して「View」と名づけた風景画を描き続けている。さまざまな土地に自ら飛び込み、そこに根付く歴史や人々の営み、光や記憶を見つめ、作品をつくりあげる。風景を捉える「わたし」という目線が、「View」のもつ重要な意味である。「わたし」が風景と向き合うことで、作品はどう変化するのだろうか。また、風景によって変化する「わたし」とは、どんなすがただろうか。

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(上)作品タイトル「View-at 11:15am.,30Mar.,06-09」(制作年:2009/所蔵:国立国際美術館/撮影:上野則宏)/(下)作品タイトル「Sketch 23 Apr. 1:40pm 2015」(制作年:2015/撮影:長塚秀人)

——2016年4月より、ポーラ ミュージアム アネックスにて個展をされるそうですね。どんな展示になるのでしょうか?

2013〜2014年の間、五島文化財団から奨学金をいただいてイギリスに留学しました。その成果発表展として行う個展です。1年と短い期間だったので、滞在中はロンドンの風景のスケッチをメインに制作をしました。帰国して、絵画作品をどんなものにしようかなと考えている途中ですが、ふと大阪を描いてみようと思って。ロンドンと同じく、大阪も川が中心のまちなんです。大阪は故郷なので長く住んでいたまちですが、身体的にもよく知っている場所を描くなんてこれまで考えたことがありませんでした。あらためて向きあってみようと思って、大阪のスケッチもたくさんしました。今それを、どう絵画作品にしようかと練っているところです。

——絵画を描く前に入念なスケッチを行うという制作スタイルが特徴的ですが、どのように行われているのですか?

たいていモレスキンのスケッチブックを使い、風景のスケッチや思いついた文章を描いたりします。持ち歩いている年季の入ったスケッチバックには、色鉛筆と筆と絵の具、紙、どこでも座れるようにシートも入れています。こういった方法でのスケッチは、2005年に倉敷のアーティスト・イン・レジデンス*1に参加したときから行っているんです。

——2003年のVOCA賞受賞*2がきっかけで招聘されたレジデンスですね。どんな経緯で至ったのか、教えてください。

京都造形芸術大学の油絵コースを卒業して、大学院に入学する前に、研究生として1年間過ごしたんですね。学部のころは、広がる興味のままいろんなことをしていました。3回生の途中から学校には行かず自宅で制作。一輪の花が朽ちるまで毎日ドローイングをし、花をテーマにした油彩画を描いていました。その作品が京展で入賞し、再び絵を描きはじめました。そして、研究生というふわっとした1年間を過ごしているとき、今後自分は何がしたいのかと考えていたんです。そういえば絵の世界にのめりこんだきっかけは風景画だった、と思い出して。そこから自分なりの風景画を考えはじめました。
「View」と名付けた1作目は10mもある大作で、院生になる直前に発表しました。2作目が、関口芸術基金賞(当時は「柏市文化フォーラム104大賞展」)を受賞しました。このときは自分が風景を見て感じる場所の記憶とか、空気感のようなものを軸に制作していました。ただ、自分の世界観だけで描くとどうしても繰り返しになる。風景を何とか捉えようとする力から立ち上げて、アプローチの仕方を変えていくことを考えはじめたのが、倉敷でのレジデンスでした。

——制作プロセスにスケッチを加えることで、作品にどんな変化がありましたか?

面白いことに忠実にスケッチをしたほうが、出発点が正確なものになって、体験を伴うリアリティのある作品になります。絵画のなかで自由になれてきている気がします。その場に行って介入していくことで得たものを、視覚的な判断だけではなく、土地に蓄積された歴史や生活の雰囲気、持っている記憶も含めて絵画のなかに入れていく。風景の根底にある部分を立ち上げて、わたしにしか捉えられないものを絵画にしたいと思っています。

——スケッチするとき、または絵画にしていくとき、数ある風景のなかからどんなふうに選んでいるのですか?

なんとなくですね。みなさんが写真を撮りたくなることに意味がないのと同じで、描きたいと思ったものを描いています。後々作品になる風景もあるし、そのままスケッチブックに残るものもたくさんあります。
作品になる風景は、絵によってさまざまですが、例えば2013年に一宮市三岸節子記念美術館で行った個展*3で発表した作品は、ひとつの視点からの風景で、そこは丘に登る途中にある、小さな林のなかのなんてことのない道。制作する過程で、追加取材の必要を感じ、再び同じ場所に幾度かスケッチに行きました。すると当然ながら、季節は移ろいでいます。樹の葉が色づいたり、落ちたりと、秋から冬にかけての長い時間の推移が、スケッチとともに進んでいきました。再度同じ場所からスケッチし、キャンバスを進めて、また必要を感じたらスケッチに出かけるという制作を繰り返しました。意図的ではなく、必要だったんです。結果として、自分は変わらないものを描こうとしていることに気づきました。スケッチをする、ということだけは決めていて、アプローチの仕方はそのときごとに変えています。

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(上)気になった場所があればスケッチをとる
(下)鎌倉のアトリエ。「キャンバスに絵を描くのは自然光の下で」と決めている通り、日当りのよい席が特等席

——そもそも、津上さんが絵画に目覚めたきっかけはなんだったのですか?

わたしは中学受験をして、私立の女子中学校に入学したんです。中高一貫の学校だったので、一番上の先輩は高校3年生。本当になんとなく美術部に入りました。
美術部では毎年夏休みに合宿をしていて、3年間の間に山と海とまちを描きます。大阪から岡山県に行き、山は大山、海は牛窓、まちは倉敷。中学3年生のときに行った漁村で、とある廃屋が目についてスケッチしました。実際は舟屋だったんですけど、大きな木造の建築と、真夏の太陽と、青い空のコントラストが強くて、非常に心惹かれた風景だったんです。朝から日が暮れて先生が呼びにくるまでスケッチして、部屋に戻ってからも手を入れるくらい、どうしても描き続けたかったほど。その絵は講評会で先輩や先生にすごく褒められて。自分が一生懸命描いた絵が、コミュニケーションツールになることを知りました。小学生のころは、社会と自分がうまくつながっていない気がして、友達もうまくつくれないほど消極的な子どもだったので、はじめてぴたりときたんです。

——その体験が、「View」の誕生につながったのですね。

そうですね。最初に絵に興味を持ちはじめた原点に立ち返ったというか。中学生の自分が、時間を忘れるほど絵を描き続けた体験は、今でも原動力になっています。自分の小さな気づきを世界と結びつけて風景画にしていくことは、わたしの作品のテーマですね。

——「View」は一見抽象絵画のように捉えられそうなところ、一貫して風景画だとおっしゃっていますね。

関口芸術基金賞受賞後の1996年にアメリカに渡り、ニューヨークで、はじめて抽象表現主義にふれました。わたしの作品を見たアメリカ人には「なんで今さら日本人が抽象表現なんてやっているんだ」とか言われました。無意識に描いていたので、言われてしまったことがすごくショックで。自分の足元を見つめないといけないと思いました。今思えばその体験が自分なりの風景画に向かうきっかけのひとつだったのかもしれません。
風景画という縛りがあったとしても、世界にはいろんな風景があります。歴史のなかでも、ヴェネツィア派やオランダ絵画にも、モチーフは違えど風景画はあるわけで。例えば世界中で使われているカレンダーは、今は便宜上統一されていますが、その起源を辿ると、宇宙の成り立ちや、その土地の一年のサイクル、人間の生活が組み込まれているものです。作物をとったり、漁業をしたりと、生活するために必要なものとしてのカレンダーがある。自分のいる場所を、時間を、季節を、どのように手のひらに乗せて描いていくのかが「View」のテーマです。つまり、カレンダーと風景画を描くことはとても似ていると思います。その考え生まれたのが、二十四節気という区切りを取り入れた「View- 24seasons,2005-08」*4というシリーズです。この作品は現在、大阪の本町にあるオリックス本社ビルの1階エントランスの公共スペースに常設展示されており、どなたにもご覧いただけます。

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「art-life+vol.10 津上みゆき展<24seasons-つづるけしき、こころつづく>」
(写真提供:スパイラル / 株式会社ワコールアートセンター/撮影:長塚秀人)

——土地やそのときの自分がもつ時間によって、風景の捉え方や作品のつくり方は変わりますか?

2015年6〜9月に行った、ドイツでの滞在制作はそうかもしれません。大学院生のころ、ニューヨークでの留学を終えて帰ってきたとき、「自分はニューヨークの美術しか知らないひとになった」と思ったんです。西洋美術も理解していないと偏っている気がして、夏休みに1ヶ月ほどヨーロッパへ一人旅に出かけました。パリで泊まったユースホステルで、日本人の女の子と友達になりました。彼女はバイオリンを勉強していて、ウィーンに留学していました。以来、何年かに一度のスパンで文通を続けて、細々と交流をしていたんですね。後に彼女はドイツのある楽団でコンサートマスター(第1バイオリン)になっていて、わたしもアーティストになりました。出会ったときは学生同士だったふたりが、今ではお互いプロに。そろそろ一緒に何かやろうとなり、ドイツでのレジデンス企画を立ち上げました*5
彼女がベルリンから電車1時間半ほどの、プレンツラウという田舎にある、小さな美術館に展覧会の交渉をしてくれました。わたしも日本でいくつか助成金をとって、滞在制作を行いました。プレンツラウは、いわゆる写真でしか知り得ないような、典型的なドイツの田舎です。朝もやのなかに馬が2頭いるような、本当にこんな景色があるんだと思うような場所なんです。音楽家の友人と一緒に森や教会や遺跡などに出かけて、彼女はバイオリンの練習を、わたしはスケッチをするというワークを何度かしました。わたしは視覚的に気に入った場所を選び、彼女は音の響きがいい場所を自由に選びました。
「View」はたいていの場合、スケッチをしてからエスキースをし、その後キャンバスに絵をおこしていくのですが、ドイツでの制作はスケッチをしている間にどんどんエスキースができあがり、そのままキャンバスになりました。実ははじめ、自分の知らない、異国の景色を描くことに戸惑っていたんです。だけど長くその地で過ごしている音楽家と一緒にいることで、風景に近づくことができました。まわりのひとに助けられながらの取材だったからこそ、自分にとっても新しい制作体験ができたのかと。

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(上)プレンツラウでのスケッチをもとに描かれたキャンバスを展示。撮影:Plescia Gianni
(下)レセプションイベントとして、音楽会「ウッカーマルクにおける7つの対話」を開催。絵から受けたインスピレーションをもとに選んだ楽曲を、 バイオリニストが演奏した

―そのような体験も経て、展覧会の準備をされている途中だと思いますが、あらためてご自身の制作や作品をどのように考えられていますか。

これまではスケッチをし、エスキースを繰り返し、キャンバスに描くという手順をずっと行ってきたので、なぜドイツであんな体験ができたのかはすごく気になっていて。展覧会の準備をしながら、スケッチからキャンバスまでの間の重要性を感じているところです。
風景を切り取るだけならスケッチだけでもいいじゃないかと、自分でも思います。ですが、キャンバスに昇華しなければわたしの絵画にならない。風景から瞬間的に感じたことを絵にするのではなく、風景を絵画表現に結びつけるための段階を踏むことで、わたしの作品になると思うんです。絵にしていくアプローチはエスキースであったり、昼間の自然光の下で描くという生活のサイクルであったりと、場合によってさまざまです。そのときの自分がイメージする作品をつくりあげられるなら、アプローチはなんでもいいんです。見るひとにとってはわからないことが多いけど、どれだけ時間を重ねるかで、何かが違う絵になります。手仕事だからこそかもしれませんね。
今はちょうど倉敷のレジデンスから10年経ったタイミングなので、4月からの個展では、ドイツやイギリスでどんなものを見て感じたのか、改めて自分の制作をていねいに紹介するような展示をしたいと思っています。「View」は、いろんな体験をしたり、多くの疑問を抱えたりして、自分が深くなればなるほど、テーマを深めていける絵画なんです。

展覧会情報
2016年4月23日(土)〜5月29日(日)
個展
ポーラ ミュージアム アネックス
http://www.po-holdings.co.jp/m-annex/index.html
あわせて、作品集を刊行予定

2016年4月30日(土)〜5月29日(日)
個展
ギャラリー・ハシモト
www.galleryhashimoto.jp

2016年5月11日(水)〜5月14日(土)
アートフェア東京【ギャラリー・ハシモト】
http://artfairtokyo.com/

(*1)2005年「第1回ARKO―Artist in Residence Kurashiki Ohara」大原美術館(岡山)。大原美術館ゆかりの無為村荘にて滞在制作、大原美術館にて作品を発表した。
(*2)2003年「VOCA展2003現代美術の展望-新しい平面の作家たち」にて、VOCA賞受賞。
(*3)2013年「津上みゆき展 View─まなざしの軌跡、生まれくる風景」一宮市三岸節子記念美術館(愛知)
(*4)2008年「24 seasons-つづるけしき、こころつづく-」スパイラルガーデン(東京)
(*5)2015年「日本の風景、ウッカーマルクの風景」Dominikanerkloster Klostergalerie im Waschhaus(ドイツ)

インタビュー・文 浪花朱音
2015年12月1日 Skypeにて取材
協力:ハシモトアートオフィス

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撮影:Chiaki Kayama / Edition Works

津上みゆき(つがみ・みゆき)
1973年東京に生まれ大阪に育つ。1995年京都造形芸術大学卒業。1996年第7回関口芸術基金賞大賞、ニューヨークに滞在。1998年京都造形芸術大学大学院修了。
2003年VOCA賞受賞。2005年第1回ARKO (Artist in Residence Kurashiki、Ohara) 招聘作家として岡山県倉敷市にて滞在制作、大原美術館にて個展開催。同年、京都市芸術新人賞受賞。2013-14年五島記念文化賞によりイギリス研修。2015年文化庁新進芸術家海外研修制度(短期研修員)、ポーラ美術振興財団、朝日新聞文化財団、野村財団の助成により、ドイツにて滞在制作・個展を開催。作品所蔵先は大原美術館、国立国際美術館など。

浪花朱音(なにわ・あかね)
1992年鳥取県生まれ。京都造形芸術大学卒業。京都の編集プロダクションにて、書籍の編集などに携わったのち、現在はフリーランスで編集・執筆を行う。