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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#103

被写体からけん玉まで。すべては“つなぐひと”になるため
― 田中 天

(2021.06.13公開)

多才すぎる被写体”を掲げ、ポートレートの被写体やウェブデザインスクールの運営、さらにはNHK紅白歌合戦でけん玉のギネス記録に挑戦するなど、さまざまな活動を行う田中天さん。一見、どれも関連がない活動のようでも、すべて“つなぐひと”になるという目標に通じていると語る。“つなぐひと”とは何なのだろうか。その根底にあるものを、これまでの軌跡とともに伺った。

株式会社LIGでウェブデザイナースクールを運営する田中さん。他にもポートレートモデルや、けん玉で“紅白出場”するなど幅広い活動を行う

株式会社LIGでウェブデザイナースクールを運営する天さん。他にもポートレートモデルや、けん玉で“紅白出場”するなど幅広い活動を行う

———天さんはさまざまな活動をされていますが、メインのお仕事は何でしょうか。

メインの仕事は株式会社LIGで、ウェブデザイナーを目指すひとのためのスクール(デジタルハリウッドSTUDIO by LIG)の運営をしています。
受講生の入学から卒業までをサポートする裏方の仕事です。大学の研究室の事務員みたいな感じですね。入学後のオリエンテーション、それに課題提出の確認や、受講生同士のつながりができるようなイベントの企画、キャリアチェンジを目指す方の職務経歴書の添削をすることもあります。そんな仕事をして今年で4年目になります。
最近、卒業生から「人生変わりました」というお声をいただくようになりました。ひとの人生が変わるお手伝いをしていると思うと、ちょっと怖いくらいですが、やりがいを感じます。
ただ、数字がすごく苦手で……スクールの運営をしていると、やっぱり数字をみる機会は多いんですね。それでも今は、苦手なことを克服して成長するチャンスだと思っています。

Photo:イトウケンタ

Photo:イトウケンタ

Photo:マスヤヒロカズ

Photo:マスヤヒロカズ

Photo:高橋慶基

Photo:高橋慶基

Photo:ケンタソーヤング ポートレートモデルとしても活動する田中さん。さまざまなカメラマンが撮影した、雰囲気やシチュエーションの異なる写真を自らのSNSでも発信している (Instagram:10ten10san10/)

Photo:ケンタソーヤング
ポートレートモデルとしても活動する天さん。さまざまなカメラマンが撮影した、雰囲気やシチュエーションの異なる写真を自らのSNSでも発信している
(Instagram:10ten10san10/

———他にもいろんなことに取り組んでいらっしゃいますね。天さん自身がSNSで発信している、ポートレートの被写体になるという活動は、どんなきっかけではじめたのでしょうか?

Instagramが日本に入ってきた2010年ごろから使っていて、自分が写った写真を投稿していたんですね。その投稿をみた東京のカメラマンさんから、被写体になってほしいと声をかけていただいたのがきっかけです。
それが2015年の秋のことで、翌年の春に就職して上京したタイミングで、はじめてプロのカメラマンさんの被写体になりました。
その写真を自分のインスタにアップして、別の方がみて撮影の依頼をいただいて、また次の依頼……というように、今につながっています。それに写真展を観に行くのが好きなので、会場で撮影者の方と話して「被写体になったりもするんですよ」と伝えると、そこからモデルの依頼につながることもあります。

Photo:涼・タイラー 田中さんが大学院生時代にはじめた活動、食パン日和。さまざまな場所のパン屋で食パンを丸ごと一本購入し、それを持った田中さんが被写体となる

Photo:涼・タイラー
天さんが大学院生時代にはじめた活動、食パン日和。さまざまな場所のパン屋で食パンを丸ごと一本購入し、それを持った天さんが被写体となる

———いろんな場所で天さんが食パン一斤と写っているInstagramのアカウントがありますよね。

食パン日和という活動ですね。これはいろんな場所に行って、その土地のパン屋さんで買った食パンを丸ごと一本持って、わたしが写真に写るというものです。撮った写真はインスタの専用アカウントにアップします。
被写体としていろんなカメラマンさんと、さまざまな土地に行って写真を撮ってもらっていたのですが、何か一貫したテーマがあれば、作品としても記録としても面白そうだと思ったんです。
丸ごと一本の食パンなら、存在感があって何を持っているのかひと目でわかりますよね。それにパン屋さんというのはどのまちにもあって、そこのパンのファンがいて、地域に密着していますから、食パン日和を通して、カメラマンさんだけではなく、いろんなパン屋さんや地域とのつながりもできますし。
これは大学院の修士活動報告にもなりました。現在は更新が止まっていますが、また再開するかもしれません。

Photo:マスヤヒロカズさん

Photo:マスヤヒロカズ

Photo:原田祐紀 けん玉ワールドカップに出場した田中さん(下)。画像は2017年度の様子

Photo:原田祐紀
けん玉ワールドカップに出場した天さん(下)。画像は2017年度の様子

———その他には、プロフィールにあるけん玉の活動が印象的です。NHK紅白歌合戦で、三山ひろしさんと共にギネス記録にも挑戦したそうですね。けん玉はどんなきっかけではじめたのでしょうか?

けん玉は大学生のときに通っていた、神戸のクレープ屋さんのオーナーにすすめられたんですよ。ためしに教えてもらうと、けん玉は玉の動きを頭の中で計算して、力加減や角度を決めているんですね。物理の授業のような話を聞いて、いわれた通りにやってみたらうまくできたんです。ちゃんと理屈があってパズルのようだとわかると、けん玉って面白い! と一気にハマりました。
紅白に出たきっかけは、世界的にも活躍しているけん玉パフォーマンスコンビのず~まだんけさんが、そのクレープ屋さんに来ると聞いて会いに行ったことです。それで仲良くなって、上京してからも一緒にけん玉をする機会が増えました。その中で「紅白に出ませんか」とお誘いいただいた時は、本当に驚きました。演歌歌手の三山ひろしさんと一緒に、連続で大皿に玉を乗せてギネス記録を目指すというもので、これに2017年から3年連続で出させもらっています。17年の成功、18年の失敗を経て、19年に連続125人でギネス記録を更新、賞状も最近届きました。
すごい経験をさせてもらえましたし、就職が決まって東京に出るきっかけもけん玉だったりして、けん玉からつながって、今があるように思います。

———さまざまな活動の軸になっているものは何でしょうか?

ひととひとを“つなぐひと”になりたいというのが、大学に行った理由や、今いろんな活動をしていることの中心にある軸になっています。
そう思うようになったのは、19歳のときです。そのころデザインの専門学校に通っていて、マイクロソフトが主催する学生技術コンテスト(Microsoft Imagine Cup 2011)があることを知りました。
世界の問題をITの力で解決することがテーマのチーム制のコンテストで、これに参加したいと思ったんですね。でも技術的なことは専門外で、わたしにできるのはデザインやプレゼンだけです。そこでIT技術が使えるひとを探すことにしました。
そしてマイクロソフトの方に相談して、IT技術を学んでいる学生を紹介していただいて、チームを組みました。わたしたちがつくってプレゼンしたのは、ネット上で動画視聴をすれば募金ができるというシステムです。
今でこそ、検索エンジンで3月11日に『3.11』と検索すれば、復興支援活動に募金されるという取り組みがありますよね。それに近いことを考えていました。
コンテストは予選を通過して日本代表になり、ニューヨークで行われる世界大会に出場することができました。世界大会は各国から400名ほどが参加して、チームごとにプレゼンをしました。その結果、一次予選も通過することができなかったんです。それがショックで、大きなターニングポイントになりました。
実は高校生のときにも、社会をよくするためのアイデアをプレゼンする大会(デザセン)に出場して、文部科学大臣賞を受賞していたんです。だからマイクロソフトの世界大会でも自信に満ちあふれていました。その分一次予選敗退という結果は、かなり挫折感がありました。

———挫折してから、どんなことを考えて行動しましたか?

自分が世の中に対して何ができるだろうと考えたときに、自分自身が何かをつくるより、つくることができる人をみつけるのが得意だと思ったんですね。そしてそのひとを、別のひととつなげることで、新しいものが生まれるということにも気がつきました。
例えば、何かものをつくって「これを売りたい」「ウェブサイトに載せたい」というひとがいれば、「じゃあ、ここに頼んだらいいよ」と紹介できる、つなぎ役のようなことができればいいなと思ったんです。
自分でつくるよりもプロデュースすることを学ぼうと、成安造形大学のデザインプロデュースコースに進学しました。それから、ひとをつなぐことで利益を得るためにどうすればいいのか考えて、ギャラリーを持つという発想になりました。
展示やイベントができるギャラリーがあって、ここに来ればつくったものを発信することができるし、何か困ったことがあればわたしがひとを紹介したりもできる。そういう場所を持つことがわたしの目標です。

———その後は、今の会社に就職したのでしょうか?

はじめは今の会社ではなく、カプセルトイをつくっている会社に就職しました。なぜその会社だったのかというと、元々カプセルトイが大好きだったのですが、わたしの好きなけん玉のカプセルトイを出したんですよ。そのけん玉にペイントするワークショップがあったので、そこに参加して、会社の方に「入りたいです」と伝えて、わたしを雇うと得られる50のメリットを単語帳のようにして送って、とにかくアピールして入社することが決まりました。
それに有名なキャラクターではなく、いわゆる無名のアイテムを扱っていたこともポイントでした。無名のアイテムでカプセルトイのムーブメントを起こしたといえる会社に就職したんです。
わたしも“つなぐひと”になったとき、まだ有名ではないアーティストを紹介したり発信するということが必ずあるはずなので、その方法を学びたいと思ったんです。
それからキャラクターライセンスを扱う会社に転職して、無名のキャラクターを売り込む認知拡大の仕事をした後に、現在の職に就きました。

Photo:k0h_shi

Photo:k0h_shi

———被写体活動、これまでのお仕事、そしてけん玉まで、天さんのさまざまな取り組みは、すべて“つなぐひと”というキーワードに向かっているんですね。ギャラリーを持つことが目標とのことですが、今後の展望をお聞かせください。

そうですね。“つなぐひと”になるという目標に、すべての経験が通じていると思っています。被写体になる活動をしていると、自分がギャラリーを持ったときにも、つながりができた他のモデルさんやカメラマンさんに作品の展示を依頼できます。それにウェブのデザイナースクールの運営をしていると、ウェブ関連のことで困っているひとに、頼れる相手を紹介することもできます。
コロナのことがあって、実際の箱じゃなくてウェブ上のコミュニティみたいなものでいいのかなと考えたりもしました。でもウェブだと、もともと興味がないことは検索しないですし、SNSでも情報が届きにくいと思います。わたし自身、けん玉や被写体としての活動など、実際にひとと会って広がっていますから。
やっぱりひとつの場所に、作家やそのファンがいて、偶然入ってきたひともいて……という空間をつくりたいですね。そこに行けば新しい出会いがあったり、技術を知ったり、何かを表現するためのサポートが得られてハッピーになれる。そんなギャラリーを持って、ひととひとを“つなぐひと”になりたいと思います。

取材・文 大迫知信
2021.04.12 オンライン通話にてインタビュー

Photo:イトウ ケンタ

Photo:イトウ ケンタ

兵庫県生まれ。
高校時代より多くのコンペティションに挑戦し文部科学大臣賞などの功績を残しながら、大阪市立デザイン教育研究所、成安造形大学卒業後、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)通信制大学院を修了。
現在は株式会社LIGの教育事業部にてクリエイタースクールであるデジタルハリウッドSTUDIO by LIGの運営を担当。
ギャラリーをつくることを目標に、都内を中心した被写体活動や、展示運営に携わるなど多才すぎる被写体としても活動をしている。
Instagramhttps://www.instagram.com/10ten10san10/
Twitterhttps://twitter.com/10TEN10TAN10


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)文芸表現学科を卒業後、大阪在住のフリーランスライターとなる。自身の祖母の手料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中。祖母とともに京都新聞に掲載。NHK「サラメシ」やTBS「新・情報7DAYS ニュースキャスター」読売テレビ「かんさい情報ネットten.」など、テレビにも取り上げられる。また「Walker plus」にて連載中。京都芸術大学非常勤講師。
おばあめし:https://obaameshi.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/obaameshi/