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アネモメトリ -風の手帖-

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#177

松山市三津浜
― 愛媛県松山市

愛媛県松山市の中心部から北西に位置する瀬戸内海に面した港町、三津浜地区をご紹介します。夏目漱石の小説『坊っちゃん』の中で、松山に赴任した坊っちゃんが最初に降り立った場所としても知られています。江戸時代から海運の要所として栄え、愛媛県内では近代化の影響をいち早く受けた地区のひとつです。太平洋戦争末期の松山大空襲で、その戦災を免れたため、この地区には江戸時代から続く古い町並みが残されています。
伊予鉄道の三津駅を出ると三津浜商店街があります。

三津浜商店街

三津浜商店街

幼少期を三津浜で過ごした人や、IターンやJターンで三津浜に移住した人が、この商店街でそれぞれの商いをされています。忽那諸島の怒和島出身のオーナーが営む喫茶店(島のモノ 喫茶 田中戸)や県内外の陶芸家の作品を展示販売するお店(みつうつわ)など、食事処や衣料品店、雑貨屋さんやパン屋さんなど、多彩なお店に出会える商店街です。

島のモノ喫茶田中戸

島のモノ 喫茶 田中戸

みつうつわ

みつうつわ

レストラン AKARIの本日のキッシュ

レストラン AKARIの本日のキッシュ

多くの地域の商店街がそうであるように、来街者や地区住民の減少や高齢化、郊外大型店の進出などにより、この商店街も1980年代頃から衰退傾向になりました。それに伴い、商店街全体の店舗数も減り、2004年には老朽化のため500メートル程のアーケードも撤去されることになります。
このような流れの中、2000年代後半くらいから、この商店街で開業する若いオーナーが少しずつ増え、これらのオーナーや地域の方々が中心となり街づくりグループが結成されました。このグループは、地域でユニークなイベントを企画し、様々な人を巻き込みながら継続的に活動されています。
空き家再生と移住促進の拠点が設立されたことも後押しし、ここ数年は、アーティストや建築家などが移住し、古民家を改築した商店や事務所をオープンさせています。
商店街を散歩していると、下校中の小学生が商店街の方々と挨拶を交わし、気軽に話をしている場面に何度も出くわしました。
商店街から少し離れた場所には、大正時代に建てられた旧濱田医院があります。趣のある洋風建築で、当時、産婦人科として営業されていました。10年以上空き家となっていたところを、地元の方を中心とした有志で、約1年半の歳月をかけて再生させました。現在は、様々なテナントが入り、大人から子どもまで多くの人が出入りするスポットになっています。

旧濱田医院の外観

旧濱田医院の外観

商店街を抜け、しばらく歩くと市営の渡し船の渡船場に着きます。全国的にも珍しい港町ならではの交通手段で「三津の渡し」と呼ばれています。松山市の管轄であるこの渡し船は、都道府県道や市町村道といった「道路」の一部として運航されていますので、誰でも無料で利用できます。委託の市職員が、三津と対岸の港山までの約80メートルの距離を、2分間程の乗船で送り届けてくれます。

三津の渡しの渡船場

三津の渡しの渡船場

これまで、この地区で何度か、お仕事をさせていただいていますが、出会った方の多くが新しい取り組みを面白がるマインドとこの土地に対する愛着を持っていらっしゃるように感じます。
人と人が近すぎず、遠すぎず、心地の良い距離感を持ちながら、緩やかなつながりを育んでいる素敵な場所です。

(牛島光太郎)