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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#190

生業の記憶
― 新潟県村上市

建物の外観。見学自由です

建物の外観。見学自由です

越後国の城下町・村上には、城跡・武家屋敷・町家・寺町の城下町四大要素が今も残っています。町家のひとつ鍛治町では、その名の通り鍛冶職人の店が軒を連ねていました。明治9年の廃刀令によって、刀工の技術は刃物や農具、大工道具などの生産に受け継がれます。明治に入って洋釘が普及するまでは、主に和釘の製造が大半を占めていたといいます。洋釘の輸入によって和釘の生産者は圧倒されてしまい、明治30年頃までは50軒余りあった店が、昭和初期には12軒に。そして鍛冶町に現存する最後の鍛冶屋となった建物が、今回ご紹介する「伊藤孫惣刃物店」です。
伊藤孫惣刃物店は、江戸時代から先代まで400年続いた鍛冶屋さんです。主に包丁を中心に農具なども取り扱っていました。先代はバイオリン製作に使う道具までも作られていたそうです。その先代が体調を崩されてから、復帰を待ってそのままにされていた仕事場は、次第に倉庫となっていきました。現在はすでに廃業されていて、奥の家屋では当主の伊藤さんが生活されています。いわゆる仕舞屋となっていたこの建物が、7年ほど前から「街角博物館」として再生され一般公開されています。その背景には、町の人からの1年越しの説得がありました。
温かい電球の光に誘われて建物の中に入ると、火床や金敷などの鍛冶場、そして昭和になって設置されたスプリングハンマーやグラインダーなどが当時のまま残されています。板壁にはチョークで書かれた文字も残っていて、「電話でお得意さんの注文を取りながら走り書きしたんだね」と懐かしむように話す伊藤さんの声を聞いていると、黒電話を耳に挟み「ちょっと待ってくださいよ~」という先代の声が聞こえてきそうです。
空間を丸ごと残しているからこそ見えてくる、動きの記憶。上書きされていない生業の動線が見えてきます。「他の店はきれいにしてるよね、うちはこのまんまで……」と伊藤さん。思わず「そのまんまがいいんです」と声が出てしまいました。

手前のスプリングハンマーや奥のグラインダーを同時に稼働させるには動力が足りず、先代はその都度、梯子に登ってベルトを付け替えていました

手前のスプリングハンマーや奥のグラインダーを同時に稼働させるには動力が足りず、先代はその都度、梯子に登ってベルトを付け替えていました

長年の煤で黒くなった板壁に残された「庖丁」の文字

長年の煤で黒くなった板壁に残された「庖丁」の文字

参考
鍛冶町の歴史・編集委員会編2014年)
『鍛冶町の歴史 第2号』鍛冶町の歴史・編集委員会
村上市教育委員会社会教育課市史編さん室編1986年)
『村上市編さん資料 第2号』村上市教育委員会社会教育課市史編さん室

(長谷川千種)