アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#97
2021.06

未来をまなざすデザイン

2 STUDIO SHIROTANIから広がること 長崎・雲仙市小浜
2)伝わる伝え方を体感する
刈水庵 諸山朗さん2

2016年の取材から5年。刈水庵にはさまざまな変化があった。
離れの1階部分は納屋だったが、きれいに改装され、ギャラリースペースになっていた。主屋1階の壁には、エンツォ・マーリのグラフィックワークが新たに飾られていた。城谷さんが本人からもらったものが出てきたのだという。
朗さんはここで、城谷さんに学びながら働き始めた。3年に満たないほどの時間だったが、受け取ったものは大きかった。

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(上2点)ギャラリースペースでは城谷さんと親交の深いデザイナー・永井敬二さんのコレクション展示が行われていた / エンツォ・マーリのグラフィックワーク。1978年のヴェネツィア・ビエンナーレで発表した作品の一部

———一番最初に手伝ったのが島原半島観光連盟からのグラフィックの依頼で。わたしはグラフィックなんてしたことがないし、イラストレーターが使えるぐらいだったんです。何より、モダンデザインの何もわからない。そんなわたしが変なものをつくらないかってすごいドキドキしてたんですけど、城谷さんが事務所にある棚からたくさん本や資料を出してきて、「こういう色合いはどう?」とか「こういうのがあって」と見せてくれたり、頭のなかにある「この人はこういう考えで」っていうのをたくさん話してくれたりして。それがすごくわかりやすいというか。城谷さんが頭のなかでつくりあげたことを、自分では手をそんなに動かさないんですけど、伝えてもらいました。グラフィックデザインの素人のわたしでも、かたちにすることができたんです。伝え方というか、ここがその人はすごいんだなっていうのを感じた一件でしたね。

具体的な例を指し示しながら、かたちをつくることに導いていく。その伝え方は、手間も時間も相当かかる。城谷さんはエンツォ・マーリとワークショップなどをともにすることで、デザイン思想を職人たちにどう伝えるか、徹底的に鍛え抜いてきた。朗さんへの指導ぶりを聞いていても、磨いてきたスキルを惜しみなく渡していたのだとあらためて思う。

———すごく引き出しがたくさん。わたしが出したものに対して否定するんじゃなくて、「こうじゃなくて、こういうやり方はどうかな」って、本だったり、頭のなかにあるものを検索して出してくれたりとか。ただ否定されたら、わたしも「こっちがいいと思うんです」と言うと思うんです。城谷さんからは、自分の思っていることをうまく伝えてもらえた気がします。直接そうしてもらえたのは財産だなと思いますね。

城谷さんにとって、朗さんに仕事を教えることは喜びでもあった思うが、朗さんが夫となる人を連れてきて、小浜で結婚したこともとても嬉しいことだった。

———僕は多摩美で副手をしていたんですが、「副手も期限のある仕事だし、来ちゃいなよ」って、朗さんが(笑)。初めての九州、初めての長崎で刈水庵に来て、地方にこんなデザインがあるんだと思いました。ここだったらいいかなと思ったのが移住したきっかけだったかもしれないです。
自分は直接城谷さんの仕事にかかわったわけではないんです。でも城谷さんは、いつも温泉蒸ししてご飯をつくってくれたり、行きつけの居酒屋に連れて行ってくれたり。そういうことを大事にしてくれて、いろんなつながりができたので嬉しかったですね。(岳志さん)

城谷さんはもともと、クリエイティブな若い世代に小浜に来てほしいと願っていた。自分自身と地域を輝かせ、それを発信していってもらえたら、と思っていたからだ。しかし、そのために自分から呼びかけるようなことはしていない。自然に、じわじわと若い移住者が増えてきたことを喜んでいた。

———みんながなんらかのつながりで小浜に来て、魅力を感じてくれて、自分から移り住んでくれたっていうのが城谷さんはすごく嬉しかったみたいです。なにより移住者のテイストというか、同じ考えを持つ人が自然に集まったのが「誇らしいことだった」って。これからもっと増やさないと! って言っていましたね。わたしたちがそこに入れたことも嬉しいですし。自分たちが楽しい人生を送るために来ましたけど、そうすることで、また喜んでくれる人がいるのは嬉しいことなので。何よりわたしたちがお酒大好きなので、一緒に飲める人が増えたのがすごい嬉しいって言ってくれて。よく誘ってくれて、一緒に飲んで。公私ともにじゃないですけど、家族みたいにしてくれたなと思ってですね。(朗さん)

わたしたちが2016年に取材に行ったときも、城谷さんは小浜でいちばんおいしい居酒屋に連れていってくれた。和気藹々と語らうなかで、取材のときとはまた違う一面も垣間見えた。おおらかで温かく、茶目っ気もあって、いっしょにいるとこちらが楽に、楽しくなる。朗さんや岳志さんは、城谷さんとそんな時間を積み重ねてきたのだと思う。

———言葉では表せないけど、何か持ってらっしゃるというか。この人について行ったらいいというか、この人の力になりたいなっていうのを思わせるところがあるなと思いますね。押しつけがましくなく。(朗さん)

城谷さんが亡くなってから、朗さんや岳志さんは、自分たちがここを引き継いでいいものかと迷い、悩んだという。そして、今なお迷いながら、刈水庵を守り、運営している。
STUDIO SHIROTANIで進める予定だった案件もある。城谷さんの思いを受けとめながら、ふたりは自分たちにできる最善のことをやっていきたいと思っている。

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刈水庵の家具や照明は城谷さんがセレクトしたもの。上から3点は2階の喫茶、下3点は1階のショップ。2階の家具はもらいものや城谷さんが持っていたものばかり。1階は日本をはじめ、韓国やタイなどアジア、フランス、アメリカなど、さまざまな国の家具や生活道具とともに、城谷さんのプロダクトなどが並ぶ独特の空間