アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#97
2021.06

未来をまなざすデザイン

2 STUDIO SHIROTANIから広がること 長崎・雲仙市小浜
4)まちに新しい景色をつくる
景色デザイン室  古庄悠泰さん2

刈水地区と同じように、小浜温泉街も過疎化していた。住民が減って空きビルが増え、通りはシャッター街となりつつあった。 古庄さんが入居するビルは小浜商業協同組合の事務所として使われていた。しかし、組合は解散。個人的に使用する誰かがいなければ取り壊すという話になっていた。使い手を組合で募ったが、組合構成員の高齢化もあって手が挙がらない。取り壊しの段取りに入っていたところ、近所にある料理屋の女将がその状況を古庄さんに教えてくれた。興味をしめすと、女将は「古庄くんが使ったら?」と、組合の事務員や会長につないでくれたのである。 女将は古庄さんが「小浜の母」と慕う人。地元の方との親しい付き合いから、建物を借りられることになったのだ。
古庄さんは地元の方々に可愛がってもらってきた恩を、仕事をはじめ、何か役に立つことをして返そうとしてきた。そうして日々やりとりを重ね、たしかな関係性を築けていたからこそ、建物が残り、そこを古庄さんが使うという幸福な状況に至れたのだろう。
そして、古庄さんはその場所を閉じたものにはしなかった。事務所とともに、誰もが立ち寄れる場として「景色喫茶室」をつくったのである。

———1階の喫茶店は趣味。収益でいったらゼロなんですよ。本当に楽しみでやってる感じで。デザイン事務所ってクライアントの人が打ち合わせの時に入るだけじゃないですか。場所がいいのにそれはもったいない。誰でもふらっと立ち寄れるところがあったらいいなって。最初は椅子もテーブルもなくて。地元の福岡でもよく見かけるんですけど、小さなコーヒースタンドってあるじゃないですか。そのイメージでつくったんですけど、いざやり始めると地元の人から「喫茶店なのに椅子もテーブルもないの? 置きなさいよ」と言われて「すいません、買いますね」という感じで、ちょっとずつ設備が増えてきた感じです。

1階には近隣の住民をはじめ、さまざまな人が訪れる。遠方からのお客も珍しくない。見知らぬ同士も自然に言葉を交わし合うという。
人を分け隔てなくつなぐ。景色喫茶室は刈水庵とはまた違う、まちに厚みをもたらす「場」なのだろう。喫茶室があることは、デザイン室にも良い影響を与えている。

———2階で座っていると、通りが見えるじゃないですか。向こうからも僕が見える。地元の人が車とか自転車で通りがかって、作業中誰かと目が合ったら「こんにちは」と。「古庄くん、ちょっといい?」と入ってきて、名刺とかちょっとした仕事を頼んでくれることもありますね。
ここに移ってから、小浜の仕事がすごく増えました。それはある意味、独立したときに望んでいたことで。名刺とかチラシ的な、ちょっとしたことで困っている地元の方がいるのはスタッフ時代にもわかっていたので、そういうふうに声かけてくれて嬉しいですね。
城谷さんの事務所にいたとき、地元の方と関わって、1つのものをつくっていく面白さに気づいていたから、それをずっとやっている感じですね。まったく僕の人となりも知らないし、仕事も知らないという人に、ホームページ上のお問い合わせ欄から仕事が依頼されるってゼロで。誰々から聞いてきましたとか、その人と一緒に来てくれるとか。それは独立当初からずっとそうですね。それが本当にありがたい。だからこそ今の仕事を絶対軽くはできないし。1つ、1つを全力でやるしかないなって。

古庄さんは自分の仕事のありようを、城谷さんが渡してくれたバトンだと思っている。城谷さんがひとりで始め、2000年から小浜で取り組んできたことを、古庄さんたち若い世代がさらに展開していくのだ。

———城谷さんの20年という時間は尊いというか。地道に耕し、そのもとに自然と人が集まってきた。こういうことがあるんだなって。声高らかに「これをやるぞ!」って言うわけでもなく、自然と生態系をつくって。もしかしたら意識すらなく、自然に。城谷さんは本当に楽しく過ごしたいっていう人だったから、僕にもそれを教えてくれたし。仕事って人生の一部で、大切な人と過ごす時間とか、料理のこととか、料理をする時間、それをみんなで囲む時間の大切さも。海を見ながら。
城谷さんから受け取ったものを、どう生かしていくか。それはきっと、城谷さんも楽しみにしていてくれると思うんです。

山道を上り下りして小浜に向かい、最後の坂を降りると、目の前にばっと青い海がひらける。古庄さんはその景色がとても好きだという。

———その瞬間が本当に好きで。そんなふうに、まちのところどころに豊かな時間と空間がある。今の僕の価値観は全部城谷さんから勉強したことです。

魅力的な小浜の景色に、さらに温かみと彩りを加えていく。景色デザイン室 / 景色喫茶室は、まちと住民をさまざまにむすび、まだ見ぬ美しい景色をつくりだしていくのだろう。

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温泉街の顔であり、小浜の新名所的な存在となった景色喫茶室。基本は土日祝日オープンだが、無理せず「開けられるときだけ開けている」という