アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#86
2020.07

小さいこと、美しいこと

3 「美の基準」とともに、まちの物語を編みつづける  神奈川・真鶴町
6)受け継ぎ、編み直す ゆるやかなつながりのなかで
真鶴町役場 まちづくり課・卜部直也さん3

まちを守るためのルールとして「美の条例」をつくった三木元町長たちを「第1世代」とするならば、それに惹かれてやってきて、運用を試みてきた卜部さんたちは「第2世代」にあたる。
これからの真鶴では誰が、どのように「美の基準」を生かしていくのだろうか。

———今は、真鶴の生活そのものを大切に楽しむ次の世代がいます。中継ぎとしての僕の役割も終わってきた。第3世代は住民であり、民間事業者です。地域の持続可能性を、真鶴を愛する住民や、自立した民間事業に託しています。それがあれば地域は続いていくと思っています。
そういう住民活動や民間事業を立ち上げたり応援したりっていうのを、2014年頃からやっています。その流れのなかに移住者もゆるやかに合流してきた感じです。

このまちでは、行政と住民の距離はとても近い。今回、真鶴を特集するきっかけとなった真鶴出版のふたりも、「くらしかる真鶴」での宿泊体験に始まって、行政に生活と仕事の応援をしてもらってきた。また松平さんも、「美の条例」制定にもかかわった行政の方の自宅に撮影のあいだ泊めてもらって、さまざまな話を伺ったりしている。
そうした支援や個々の交流はこれからも大切だが、しくみづくりはまた別だ。行政に頼らないしくみがうまくまわるようになれば、まちはより自由に息づいていく。

住民有志による自立した活動は、すでにいくつか始まっている。例えば、芸術祭「真鶴まちなーれ」。真鶴の風景自体を作品ととらえ、点在する空き家にある現代アートを楽しみながら、まちを周遊してもらうプロジェクト。また、真鶴港で行われる朝市「真鶴なぶら市」もある。
一方で、この環境を生かしたハッカソン「スタートアップウィークエンド真鶴」や、クリエイターが集うイベント「クリエイターズキャンプ真鶴」など、外から真鶴を目指してやってくる動きもある。
内からも外からも、真鶴はさまざまにアプローチされ、多様なひとが、多様な目的で集まっている。そのもとをたどると行き着くのは、やはり真鶴の「風景」なのだ。

———「美の基準」の世界と物語があって、活動しているみなさんの多くは、そこに共感してくれています。「美の基準」に綴られた真鶴の風景や暮らしのなかで、活動が生まれている。これからも、平たい言葉で「美の基準」を伝えていきたい。

「美の条例」が守ってきた風景があるからこそ、一人ひとりが自分の目で真鶴の「美しさ」を見つけられるのだと思う。外からやってきて、ピザ屋やパン屋といった生活をより豊かに営むひともいれば、代々続く店を引き継いで、住民が集える場をつくるひともいる。また、まちの魅力を内外に伝えるひとたちもいる。
それぞれの抱く「美」が、ゆるやかにつながっている。そのありようをもとに、まちの文化は受け継がれ、編み直されていく。真鶴で起こっているのは、そんなことである。

***

その昔、真鶴は「風待ちの港」と呼ばれた時代あった。沖を航行する船が停泊し、船乗りたちが休んでいく。歴史的に、初対面のひとや旅人を受けいれる土壌が築かれてきた。
時代が変わり、船乗りたちが遊んだ繁華街もなくなり、まちの人口も減った。その一方で、「美の基準」を拠りどころにしたまちのありかたが、多くのひとを惹きつけるようになった。元からの住民も移住者も、そして訪れるひとも、それぞれの視点からまちの良さを見い出し、自分たちもまた、その一部となっているのだ。
小さなまちで紡がれる、生活に根ざした美しさ。真鶴出版をはじめとする頼もしい伝え手も得て、厚みとふくらみを増しながら、物語は続いていく。

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駅前の「福寿司」には、日本三大船祭りのひとつ「貴船まつり」の熊手が / こちらも駅前の名店「冨士食堂」。切り盛りするのは、真鶴出版と同世代の中居さん夫妻。何を食べても美味しく、見知らぬ同士の話もはずむ、アットホームな雰囲気 / 猫にもよく遭遇した / 「高橋水産」辰己さん入魂のひもの。七輪であぶって味見させてくれる / 真鶴出版の息子さん、創くんは真鶴出版のおふたり同様、まちの人気者。これらすべてが、真鶴の美しさをつくっている

松平直之
https://www.naoyukimatsudaira.com/

あしたの箱
https://www.instagram.com/mana_ashitanohako/?hl=ja

真鶴町
http://www.town.manazuru.kanagawa.jp/

取材・文:浪花朱音
1992
年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2019年帰国。現在はカルチャー系メディアでの執筆を中心に活動中。
写真:石川奈都子
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。
編集:村松美賀子
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。2012年4月から2020年3月まで京都造形芸術大学専任教員。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。