アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#85
2020.06

小さいこと、美しいこと

神奈川・真鶴町2 さまざまな「目」がもたらす、まちの輝き
5)真鶴の名所、ディープな集い場
「草柳商店」草柳重成さん1

ここまで、移住した2組の話を聞いてきたが、地元の方々は移住者をどうとらえ、どのように関わっているのだろうか。最後に、地元の濃い「集い場」を取り上げたい。
地域住民も移住者も集える飲食店が、真鶴には2、3軒ある。なかでも酒屋「草柳商店」は、もっともディープな店だろう。
真鶴港から少し坂を登ると、店に着く。昭和を感じさせる佇まいで、夕方以降は店内で立ち飲みもできる、いわゆる「角打ち」だ。夜に店の前を通りがかると、コップを片手に、何人か集っているのがわかる。みんな常連客のようにも見え、観光客が入るには勇気がいる。しかし実際は、地元の漁師さんをはじめ、真鶴出版のふたりや金井塚さんなどもよく顔を出し、噂を聞いた観光客も立ち寄る。ファンの多い「真鶴の名所」なのだ。

その中心にいるのが、店主の「しげさん」こと、草柳重成さん。温かく、気さくなしげさんは、現在54歳。生まれも育ちも真鶴だが、高校卒業後は東京に出て、原宿でバンドマンとして活動していた。
25歳のときに父親が亡くなり、戻ってきて家業を継いだしげさんは、そのとき以来、仕事に励む一方で、地元を盛り上げる活動に力を注いできた。30年以上続く、小さな音楽フェスティバル「グリーンエイド真鶴」、草柳商店のある宿浜商店街での楽しい食べ歩きイベント「しげちゃんとつまみ食い散歩」、そして夜な夜な繰り広げられる、草柳商店での客との交流……。みんなを楽しませながら、自分も楽しんでいる。夜の草柳商店はその原点だ。

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草柳重成さん

———(夜のお客は)あーちゃん(しげさんのお母さん)のファンばっかりですよ。あとはわたしの同級生の友達とか、真鶴出版に泊まられた方が地元のひとと触れ合って、軽く飲んでいこう、みたいなかたちで。
わたしがヨーロッパにバックパッカーで行ったとき、バルみたいなところにちらっと顔出すと、何言ってるかわからないんだけど「よく来たなあ」みたいな感じで仲間に入って、地元のひとたちの空気に溶け込んじゃってる自分っていうのが、一番嬉しかった。そういったことも、(ここでは)お客さんに味わってほしいな、みたいな。

草柳商店は、ヨーロッパのバルのような、多くのひとに開かれた社交場なのだ。
真鶴出版の川口さんもよく飲みにきて、港近くの干物店「高橋水産」の辰己さんと親しくなるなど、人間関係を広げてきた。
さらに、ここに来たことが人生を変えるきっかけになったひともいる。真鶴の生活風景を描く画家山田将志さんだ。

———ある夜、22時過ぎにひとりで飲みにきた男の子がいて。うつむいてカップ酒飲んでるから、みんなで心配してたんだけど、彼は「野外芸術祭 真鶴まちなーれ」に出展するために来てたんですね。芸術祭始まってからも、三日三晩ここに来ちゃ仲間といっしょにビール飲んで。彼が帰った後、地元の人間だけになっちゃって、話すこともないし(笑)、寂しいね、なんて言ってたら1ヵ月半ぐらい経った頃ひょっこり来たんですよ。山田将志くんが。
「山田ー! よく来たよく来た」って迎えて。そしたら、この絵を描いて持ってきたんですよ。その場にいたひとがこの絵を見た瞬間、「愛しかない!」って。
(山田さんは)この1ヵ月半、真鶴のことが忘れられなくて、こんな絵を描いたんですよって。しかも、「僕は真鶴に描きたいものが見つかりました」って言い出して、すぐに引っ越してきたいと。

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草柳商店に立ち寄ったことで、山田さんの新しい人生が始まったのだった。こうしてまちのひとと交流を深めながら、山田さんは真鶴の絵を描き始めた。

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昔懐かしい佇まいはひとをほっとさせる / しげさんのお母さん、あーちゃん。草柳商店の看板娘で、あーちゃんに会いにくるお客も多い。お話好きでとても気さくだ