アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#85
2020.06

小さいこと、美しいこと

神奈川・真鶴町2 さまざまな「目」がもたらす、まちの輝き
6)さまざまな目が交差し、まちが輝く
「草柳商店」草柳重成さん2

その後山田さんは、草柳商店常連の漁師さんのはからいで、住む家もすぐに見つかった。横浜にいた恋人も移住し、このまちに根ざして生活している。そんな彼をずっと見守ってきたしげさんにある夜、「音楽の神様」が降りてきた。

———恋人がすべてを捨ててこっちに来る、って言ってふたりで帰っていった日の夜、店仕舞いするときにふっと空を見たらね、こんな大きな、ミラーボールのような満月だったんですよ。ついつい俺も坂を登っていくふたりを引き止めて、「お月さま見てごらん、君たちを祝福してくれてるよ」って言って。そのときに「あ、このエピソードいただき」と思って、曲を書きました。

真鶴に戻ってきてからも、しげさんは音楽を続けてきた。地元の音楽フェス「グリーンエイド真鶴」もそのひとつ。第1回目から関わっていて、バンド「サナギメン」のボーカルとして、ギターを抱えてステージに立つ。草柳商店でもギターを鳴らし、歌を歌って場を盛り上げることもある。
そんなしげさんが、山田さんの曲を書いたことは、音楽で真鶴を外にアピールすることにもつながった。東京から移住してきた映像作家の松平直之さんが、曲を映像にしてくれることになったのだ。

———山田と彼女のことで創作意欲が湧いて、ぱーっと詩がかけて、曲つけて、それですぐレコーディングに入りました。監督も素晴らしいし、わたしの作詞作曲も素晴らしい(笑)。全部コミュニティで、リアリティしかない。俳優さんいないから。松平監督いわく「コミュニティミュージックビデオ」。今の真鶴のリアルを撮る、みたいな。

主演は山田さんとパートナー、出演は真鶴の町民の方々。まちの温かみを感じる、素朴で優しい歌と映像だ。この作品のなかに、山田さんが真鶴の名物・干物の定食を描いて、コンペに入選したエピソードも出てくる。山田さんが草柳商店を描いた絵を見て、店に集うみんなで「愛しかない!」と盛り上がった話と重なってくる。

———原宿でバンドやってたのがですよ? 家業の酒屋さんを継いで、30年音楽を続けてたら、音楽的にもついにスポットライト浴びるときがきてるっていう、ハハハハ!

それはきっと、真鶴に対するしげさんの深い愛があるからだ。さらに、真鶴にいる、あるいはやってくるひとたちを分け隔てなく歓迎する懐の深さは、まちのおおらかさをつくる大切な要素になっているのだと思う。

———なんかご縁があってこのひとたちに出会えたのかな、真鶴が呼んでくださったのかな。そこで出会えたひとの、みんなの魂がこういうふうに寄ってくるんじゃないのかな。ここが鶴だけに、集まってきたみなさん飛んで、羽ばたいてくださいって。あ、いただき。歌の歌詞いただき。

ひとを温かく迎え入れるしげさんの姿勢は、真鶴出版のありかたと通じるところもある。真鶴出版は草柳商店を「真鶴の聖地」と思っているが、しげさんのほうも真鶴出版にとても感謝しているという。

———(山田さんたちの移住のような)こういうことがリアルに真鶴で起こっている。これから新しいひとたちがそれぞれ、真鶴の方向を見守って、つくってくれるのかな、という感じですね。それに尽きる。
そもそも真鶴出版がきてからね、こういうことが起こったわけですから。ふたりが次から次に仕事をつくってくるのを見ていて、このまちの我々が忘れていたことをたくさん思い起こさせてくれて。真鶴はこんなふうに見えるっていうのを、気づかなかったこととか、忘れ去ったことを彼らから教わりましたね。

たとえば、地元民にとっては勝手口みたいな背戸道が、訪れるひとに喜ばれ、面白がられるということ。昭和の時代から続くお店が減っていくなか、ひとつずつていねいに取材し、魅力をすくいとってくれること。
わたしたちを店に案内してきてくれた來住さんは、「草柳商店さんは、お菓子の揃えがとってもツボなんですよ」と言っていた。小さな個性にも目を向ける、まさに愛ある移住者の目線ではないだろうか。

さまざまな「目」が、今の真鶴にはある。移住者の目と、地元民の新たに開かれた目によって、まちは輝き、コミュニティに厚みが生まれている。いきいきと生活する移住者や、彼らとかかわるなかで、まちの良さにあらためて気づいた地元のひとたち。しげさんが歌う歌詞のように、そこで生きる人々が明るく照らしだされている。

最終回となる次回では、真鶴町の重要なキーワードである「美」をめぐって、これまでの経緯や現在の取り組みを紹介したい。

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草柳商店からほど近い場所で、ひとりで熱くひものをつくり続ける高橋水産の辰己敏之さん。草柳商店の常連で、山田さんともずっといっしょに飲んできた / 映像作家の松平直之さん。彼のインタビューは次号に掲載の予定 / サナギメンのアルバムのジャケット装画も山田さん / 草柳商店オリジナルの新商品。与謝野晶子が歌を詠んだ真鶴岬にちなんで名づけた。絵は山田さん、題字は山田さんのパートナーに依頼した

取材・文:浪花朱音
1992
年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2019年帰国。現在はカルチャー系メディアでの執筆を中心に活動中。
写真:石川奈都子
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。

編集:村松美賀子
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。2012年4月から2020年3月まで京都造形芸術大学専任教員。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。